3(2003.8 掲載)

 東京電話のマイライン・キャンペーンに当たった。月刊誌2誌が1年間送られてくるというのでリストの中から「現代」「文藝春秋」を選ぶ。「現代」はほとんど読むところがない。これが毎月くるのかと思うと憂鬱。読まなきゃよさそうなものだがもったいないし。この雑誌はそのうちつぶれる。
 数年前に15万円で買った『世界大百科事典』のCD−ROMが、パソコンをXPに替えたら読めなくなってしまった。平凡社に問い合わせたがどうしようもないという返事。15万だぞバカヤロー。だからパソコンは嫌いだ。手がうごけば紙の事典を買っている。うごかないからしかたなくCDを買っているのだ。もったいない。平凡社もそのうちつぶれる。

 『いやでも楽しめる算数』(清水義範著、西原理恵子絵、講談社)
 ブックウェブで著者名西原で検索して購入。実際は清水の本で、西原は挿絵だった。実物を店頭で確認できないからこういうまちがいが起きる。「小説現代」に連載したもの。
 文部省が「円周率は3とする」と発表したとき、識者は一斉に愚民政策のように言っておこったが、オレは初めて円周率の意味がわかった。50すぎて初めてピンときた。「円周は直径の3倍」という意味だろう。3.14ナンタラカンタラというから分けがわからなくなる。3でいいのだ。πは高校で教えればいい。
 清水は円周率をどう教えているか。《πとは、円周の長さ割る直径の値である。》もうだめだ。これではわからん。オレの頭はこんな短い文章にも耐えられない。「タケシの平成教育委員会」を見ていたときも、問題が算数になったとたんに頭がマッシロになったものだ。
 オレが小学校の先生なら、「円の長さは直径の3倍」と言ってから「だから円周を直径で割ると3になる。これを円周率という」と教えるな。「そんなこと覚えてなんになる」と聞く子には(オレはそういう子だった)、「運動場のかたすみに直径3メートルの土俵をロープで作るとして、何メートルのロープを買ってきたらいいかわかるだろう。9メートルだ。余分を見て10メートルだな」
 じょうずな先生に出会っていればオレだってもう少し算数ができたはずなのだ。
 清水は算数をネタにして一生懸命おもしろエッセーを書こうとしているのだが、どんなにがんばってもおもしろくならない。挿絵のサイバラは「撤退は恥ではない」とか「この本は絶対売れない」とか呪いの言葉をはき、ついにはあきらめきって育児日記なんかを描いている。そこがおもしろい。
 ためになったこと。10÷2=5とはどういうことか。10個のミカンを2人で分けると1人5個。それもただしいが、もっとたいせつなのは、10のなかに2がいくつはいっているかということ。それを知っていれば、10割る2分の1なんていう発狂しそうな問題もすぐ解ける。10のなかに2分の1がいくつはいっているかという問題だから答えは20。ああ、これをもっと早く知っていたらなあ。じょうずな先生に出会っていればオレだってもう少し……。
 あとがきに重大な版面ミスあり。だけど初版止まりの本だから訂正の機会がない。

 『BC!な話――あなたの知らない精子競争――』(竹内久美子、新潮文庫)
 BCは Biologically Correct=生物学的に正しい。Politically Correct をもじった竹内の造語。  以前テレビで、膣内に射精された精子は全部が全部子宮の卵子にむかって突進するわけではなく、何割かはあとからやってくるかもしれないほかのオスの精子をブロックするための兵士になるのだということを知り、ショックを受けた。事実そのものにも驚いたが、最新の学説を知らないことに悔しさをおぼえたのだ。けがをするまえならこの手のことはテレビでやる半年前には知っていた。最近本読んでねえからなあと反省。
 過激な本。世の中を生物学的に見たらどうなるかということを突き詰めようとする。売春も強姦も繁殖戦略の一環と見る。イギリスのベイカー&ベリスの実験を多用。この2人は、ヒトの男のペニスがピストン状になっているのは、ほかの男の精液を掻き出すためだと主張している。『死物学の観察ノート』の河口はムササビのペニスについて同じ働きを主張していたが、どちらが先なのだろう。
 竹内によれば、オスもメスもともにパートナー以外の異性と交わってなるべく多様な遺伝子を残そうとする。浮気のときは精子も元気になる。男は浮気のまえにマスターベーションする傾向があるが、それは精子を新しい元気なものに入れ替えるため。女は女で、パートナーとの性交後5日以内に浮気をし、浮気相手の精子を有利にする。できた子供はちゃんと日かずが合うようになっている。5日のずれなら男にはわからない。ただし、女にとってもほとんどは無意識のうちの行動だという。
 高層アパートのような人口密集地にはやはり婚外子が多いという統計が出てくる。しかしだ、むかし高島平団地に住んでいたとき、団地妻売春なんてのが週刊誌に出たことがあり、屋台のおでんやのばあさんが手引きをしてくれるのだとか、ベランダにあるものが干してあったらOKのサインだとかいう噂を聞いたことはあったが、まわりを見回して、お金を出してもお願いしたいようなのはいなかったけどなあ。
 子供ができないと言って嘆くひとにむかって、「あんまり仲良くしすぎちゃダメよ」などと、からかいともアドバイスともつかぬことを言うことがあるが、ベイカー&ベリスの実験によればそれはどうやら事実のようだ。単に性交を頻繁にすると精液が薄くなるということではなく、男はパートナーと一緒にいると(つまりパートナーがほかの男と性交する機会がないように監視していると)精子の数が減ってしまう。だから子供のできないカップルは排卵日に注意するだけでなく、性交のまえにしばらく離れて暮らすほうが効果的だということになる。男も女も少しハラハラしたほうがいいらしい。
 《性交してしばらくすると女の体からは精液と女の体液とが混ざりあった、白い球状の固まりがいくつも排泄されてくる。これはフロウバックと呼ばれるもので、精子はこうして拒絶される。》男は女の体について知らないことが多い。TVCMで「ふつかめも安心」とやっているのを聞いたときも「へえ、そういうもんなのか」と思った。性交排卵というのも初耳。排卵するはずのない時期に性交によって排卵が誘発されることがある。特に強姦は可能性が高い。
 竹内はきっと子供のころからマスターベーションとそれによって得られるオルガスムスに悩みつづけてきたにちがいない。女のマスターベーションは代償行為でもなければ《背徳の行為でもない。虚しくもなく、淫乱でもない。それは未来のための、極めて理にかなった行為ということになるのである。》と力説する。なぜか。オルガスムスに達すると、膣内に酸性の粘液が大量に分泌される。性交時以外のオルガスムスには滅菌という大目的があるのだ。《そうとなれば女はなぜマスターベーションをするのか。もはや言うまでもないことかもしれない。それは生殖器を感染症から守るためだ。極めて意義深い、かつ神聖な行為とすら言えるのである。》と高らかにうたいあげている。この本によってどれほど多くの女性が救われることだろう。
 だがそうなると頸損の女性はどうすればいいのだろう。健常者より感染症が多くなる理屈だ。睡眠時にもオルガスムスが起きることがあるそうだが、それは健常者のばあいだろう。そんなことはよけいなお世話で女性陣はとっくに心得ていて手を打っているのだろうか。そうであってほしい。

 せっかく図書館で『独特老人』(筑摩書房)を借りたのに、厚すぎて書見台に収まりきらず、輪ゴムで懸命に寄せて上げていろいろやったがダメだった。560ページ、厚さ5センチじゃあ無理だ。編集者は障害者のことなんか念頭にない。書物のバリアフリーを!

 『三人寄れば虫の知恵』(養老孟司・奥本大三郎・池田清彦、新潮文庫)
 いずれ劣らぬ虫好きの鼎談録。楽しくてしょうがないという様子。浮世ばなれしているようで、世界を見わたす虫屋の目は鋭い。1995年の座談会だが、いま400兆円もの借金があって、そのうち徳政令が出るよ。あれいいねえ。貸し借りなしになる。そのうちチャラになる。どんどん金借りたほうがいいですよ(笑)。というやりとりがある。
 中国人は昆虫採集にまったく興味がない。自然を人間の利用という観点からしか見ていない。食い物か薬か。野蛮だと養老はいう。
 人間ほど汗をかくのはほかに馬しかいない。哺乳類はふつう汗をかかないのでみんな体温調節には苦労している。ライオンやヒョウが昼間だらーっとしているのは理由がある。「動かないのは怠け者だからじゃないんだ。つい倫理的な判断をしてしまうけど(笑)。」という奥本の発言にわが身をかさねる。
 環境問題も虫屋の目から見るとどうということもない。《池田 地史的にいうと7回ぐらい大絶滅があったわけで、最大の二畳紀末の大絶滅では80パーセントから90パーセント以上の種が絶滅してるわけですから。人間が環境を変えて自分を含めて生物種を絶滅させているということは、次の新しい生物の進化のための舞台を用意してるわけでしょう?》
 養老が上野でやった「人体の世界」というのに興味を引かれた。人体の剥製をテレビで一度見たことがあるが、美しいものだった。あれを並べたのだろうか。