4(2003.9 掲載)

 『文庫本を狙え!』(坪内祐三、晶文社)
 新刊文庫154冊の紹介書評。週刊文春に連載したもの。いくらなんでも154冊分まとめて読んだら後半飽きる。100冊にしてほしかった。一応全部読んだけど。

 いろいろおもしろそうなのが並んでいるが、注文しようと思ったのは、『性商伝』(いそのえいたろう、徳間書店)、『書物』(森銑三・柴田宵曲、岩波書店)、『君は小人プロレスを見たか』(高部雨市、幻冬社)、『蘭学事始』(杉田玄白、講談社)。

 つい2、3年前だというのに性商伝と小人プロレスはすでに絶版。このてのものはすぐに消える。図書館にも残ってない。

 坪内祐三がダイヤモンド社の社長の息子だったとは。

 『見世物小屋の文化誌』(鵜飼正樹ほか、新宿書房)
 早稲田大学でおこなわれたシンポジウムを中心に書きおろし等を加えたもの。

 見せ物小屋というと「大イタチ」を思い浮かべるが、見せ物関係者でもそこまでインチキなものは見たことがないという。コマすのはいいが、ガマすのはいけないとされる。呼込みのタンカが重要で、集客力はタンカとネタ五分五分。

 出し物は、1手品・軽業などの伎術、2小人などの障害者、天然奇物、3細工物。

 仏教では、奇形は親の因果が子に報いた結果とされた。一方ギリシャ時代には、奇形は造物主の戯れや自然のいたずらと考えられていたため、奇形は恐怖や畏怖の対象ではなくおもしろさや珍奇さの根元と見なされていた。

 福祉の発達で障害者を見せ物にすることができず、それで見せ物小屋は衰退していく。ただ障害者の中には芸を見せたいというひともいる。国からお金をもらわず、ナキタンカでお客を感動させることに生き甲斐を感じるのだ。障害者を納税者になんて言われなくてもとっくに実践していたことになる。

 鈴木ひとみさんは、受傷後精神的な危機に追い込まれたときに婚約者からこんな手紙をもらったと読み上げてお客を泣かせている。1回30万円の講演料で年間80本ぐらいこなしているそうだが、どうも毎回同じネタのようだ。あきないのだろうか。

 本書に目を通したあとテレビをつけると化膿姉妹が大きなオッパイを揺らしている(おっと変換ミス)。このひとたちはいったい何屋さんなのだろうというかねてからの疑問が解けた。見せ物なのだ。

 『花の男 シーボルト』(大場秀章、文春新書)
 本屋の平台でみつけ、一瞬ためらってから買った。内容を知らずに買うのは危険だとは思ったが、関心のあるテーマだからエイヤッと買った。まあ新書だからハズレでも高がしれている。著者は東大教授。専門家だからおもしろい本が書けるとは限らないという好例。シーボルトを扱うからにはもっとおもしろい本にしなくちゃ。担当編集者も未熟なのだろう。

 それでも興味を引かれた点はいくつかある――。シーボルトは金持ちの家に生まれた秀才だったが、鼻持ちならないいやなやつだった。ドイツ人のシーボルトは、長崎の通詞が自分よりうまいオランダ語を話すので国籍がバレやしないかとあせった。彼は日本を研究するためにやってきた。特に植物を。前任者が偉大な医者という前宣伝をしてくれたおかげで比較的自由に出島を出入りできた。

 『日本』『ファウナ・ヤポニカ』『フローラ・ヤポニカ』の3部作は自費出版。資金調達のためヨーロッパ各地の宮廷や豪商のあいだを回った。

 1万年前の氷河期にヨーロッパの植物相はほぼ全滅した。それで植民地から植物を運んだわけだが、熱帯の植物では寒冷なヨーロッパに合わない。温帯の日本のものなら露地栽培が可能。ペリーの黒船にもプラント・ハンターが乗り込んでおり、短い滞在のあいだに山野を駆けめぐったそうだが、シーボルトの本から情報を仕入れていたのかもしれない。

 『フローラ・ヤポニカ』は先年丸善から『日本植物図譜』として翻訳出版された。ほしかったが100万円では手が出ない。阿佐ヶ谷図書館でいくらまでなら買ってもらえるんですかと聞いたら、いくらでも、じゃあ100万円でも? 障害者って根性まで曲がってくるのねと言わんばかりの顔でそっぽをむいた。せめて内容見本だけでもと思って取り寄せたら、案にたがわず立派なもので、いまもお抱え絵師川原慶賀のえがいた「ヲニユリ」の絵が目の前に飾ってある。毎日目にするが飽きない。

 『欲望の司祭たち――風俗産業に君臨した八人の主役――』(いその・えいたろう、評伝社)
 『性商伝』の原本。図書館にリクエストした。

 かねてからセックス業界のアイデアの豊かさに関心がある。ノーパン喫茶だとかのぞき部屋だとかテレクラだとか出会い系サイトだとか、よくまあそんなものを次から次へと思いつくものだと感心する。

 トルコ風呂がソープランドに改名したのはいつ頃だったか、きっかけだけはよくおぼえている。あるトルコ人男性が日本の厚生大臣だかに直訴したのだ。どうして一介の外国人青年が大臣に面会できたかは不明だが、それからまもなく日本中のトルコは一斉にソープと名前を変えた。トルコ業界は改名のチャンスを待っていたのだと思った。それまでの暗いイメージを一掃して明るくたのしそうにイメチェンする機会をねらっていたにちがいない。名前がまたいい。ソープランド。明るく清潔で虹色のシャボン玉がふわふわ浮いているような、ぜひ一度行ってみたいような気を起こさせる。

 鈴木正雄はソープ王。角海老商事会長。ボクシングの会長はソープの会長でもあったのだ。びっくり。ともに肉体労働にはちがいないけど。自前の洗濯工場でみずから店のシーツを洗う鈴木は、食い物が変わったせいか精液がこびりついて取れない、それはいいとしても女がぐっしょり濡れすぎだと嘆く。体は売っても心は売らないというモラルが吹っ飛んだという。ソープの親爺がモラルを論じている。

 休まず遅刻せず1日16時間働けばすぐ出世できる世界だとまじめな勤務態度の重要性を説くのは、キャバクラの創始者。成功者は説教したがる。

 大津雄琴で14年間トップの座を維持した羽渕利子は、ピルを飲みつづけると体中がつっぱる感じで顔がはれるが、引退してやめたとたんにすっきりする、生理も真っ赤な新鮮な色にもどる、激しく使って黒ずんでいたお姫様も使わないと色が脱色してピンクになったとうれしそう。もてないタイプや身体障害者をこの世界では「汚れ客」と呼ぶ。汚れ客には特に親切にする、これが指名をとる秘訣とか。

 ラブホテルの設計で1軒5000万円取る亜美伊新の話は含蓄が深い。いまは女が主役、ホテルは女が選ぶ、女の心理をつかまなければ失敗する。《女心と時代、よう変わってゆくんですわ。そこが、きついところでしてね。》《女なんて本心は、助平淫乱天使、あそこは目いっぱい“イッちゃう場所”でなけりゃ、こんなにはやらんで。》2時間汗だくでやりまくるカップルは少ない。全国平均は1時間20分(統計取ってるんだなあ、カメラやマイクがしこんであるにちがいない)。40分を付加価値にする。室内プール、アスレチックジム、露天風呂、カラオケ、セックスはスポーツ。もうかりまっせえ。メリーゴーランド、ディズニータッチ、ナイヤガラの滝、《ほんま、ラブホテル世界は幼稚でええ、これは私の原点や。この仕事入る前、本当に幼稚園の設計やってたんですからね。ほら、ウサギの便器とかゾウさんの滑り台やキリンさんを模したブランコを考えたのが下地、ヒントなんですわ。》いま氏は中高年のために混浴と温泉ブームをジョイントさせることを考えているという。ゲートボールもつけるんだって。

 まだまだおもしろい話はたくさんあるが、そろそろヘキエキしてきた。《1億、2億の金持っててもインポやったら地獄ですわ。》貧乏なインポのほうがましか。

 「現代」はそのうち廃刊になると罵倒したけれど、2002年6月号の目次はよかった。読みたいものが目白押し。

 北朝鮮「覚醒剤密輸船」ブローカー衝撃の告白 真山謙二
 皇室と朝鮮半島 百済「渡来人」がつくった歴史 上田正昭
 戦後 私たちは間違っていたか 田原総一朗
 中国産野菜が「毒菜」と呼ばれる根拠 内田正幸
 いま日本語が面白い 齋藤孝、高島俊男、呉智英

 ほかに上田馬之助のインタビューもある。

 「文藝春秋」のインタビューに山田詠美が出ていた。作品が高校の国語教科書に採用されたのだが、文科省の検定ではねられたという。山田といえばパッパラねえちゃんが自分の性体験かなにかを小説に書いてたまたま当たりを取っただけの作家かと思っていたら、小学生のころに太宰治全集を読破し中学でドストエフスキーを読んでいた根っからの文学少女だということがわかった。作品を手に取りもしないで先入観を抱いてはいかんのう。それにしても村上龍は銀行の税金注入が話題になれば「あの金でこれが買えた」だとか、サッカーワールドカップだといえば中田と仲良くなってサッカー小説を出すとか、ちょっと時局便乗がすぎるんじゃないか。と、これも全然読んだことないんだけど。