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 『世界の日本人ジョーク集』(早坂隆、中公新書ラクレ)

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 日本人が登場するジョークを世界中から集めた本。まるで教科書のように体系立っていて隙のない編集だ。ならばどこで採集したのかジョークの採集地も明らかにしてほしかった。《ジョークは欧米発のものが中心だが、中には中東やアジアで聞いたものも含まれている。》といっているが、前著『世界の紛争地ジョーク集』が足でかせいだジョークという印象が強かったのにくらべると、ネットでチョチョイと集めたんじゃないのと疑いたくなるふしがある。

●好意的なジョークが多くて意外

 日本人が登場するからといって、必ずしも日本人が主人公とは限らない。ソ連時代のある工場での話。いつも10分遅刻するイワノフはKGBに逮捕される。容疑は「怠慢」。いつも10分早く来るアレクセイは「西側のスパイ」容疑で逮捕される。いつも始業時刻ピッタリに来るサーシャも逮捕される。容疑は「日本製の時計を持っているにちがいない」。――「第1章ハイテク国家像」にはこういったジョークが並ぶ。きっと日本人の悪口を言ったり小馬鹿にするジョークが並んでいるのだろうという予断を持って読みはじめたので意外だった。総じて日本人に好意的なジョークが多い。これは編集方針なのかそれとも実態の反映なのか。《八世紀初頭には中国から銅を熔着(ヨウチャク)する技術を学んだ。それから約四〇年後、日本人は銅熔着技術を自らの手で高め、元祖である中国の水準を遥かに超える技術をもって奈良の大仏の鋳造に成功した。》という話や、ポルトガル人が種子島に2丁の鉄砲を持ち込んだときも、その40年後にはヨーロッパのものを質量ともに抜いていたという話を読むととても気分が良くなる。それだけに採集方法や編集方針に疑念をいだく。ひがみ根性だろうか。

 《●四段階
 新製品が世に流通するまでには、全部で四つの段階がある。
 まず、アメリカの企業が新製品の開発をする。
 次にロシア人が「自分たちは同じ物を、もうすでに三〇年前に考え出していた」と主張する。
 そして、日本人がアメリカ製以上のクオリティの物を造り、輸出し始める。
 最後に、中国人が日本製のものに似せた偽物を造る。》

 バブル真っ盛りの1989年、三菱地所がロックフェラーセンターを買収したときはアメリカ人の誇りをいたく傷つけた。
 《●デモ
 ある時、ニューヨークで反日デモが起きた。そこではこんなプラカードが掲げられていた。「アメリカ製品を買え!(Buy American !)」
 しかし、そのデモ行進の中には一人の日本人が交じっていた。彼も同様のプラカードを掲げていたが、よく見ると最後の「n」の文字がなかった。》こういうジョークならかえって安心できる。

 ある場面で各国のひとびとはどう行動するかというジョークは、もちろんステレオタイプを前提にしてはいるが、けっこううなずけるものが多い。日本人は自己主張が弱いとされている。
 《●スープに蠅が入っていたら?
 レストランで出てきたスープに蠅が入っていた時の各国の人々の反応。
 ドイツ人……「このスープは熱いので十分に殺菌されている」と冷静に考え、蠅をスプーンで取り出してからスープを飲む。
 フランス人……スプーンで蠅をおしつぶし、だしをとってからスープを飲む。
 中国人……問題なく蠅を食べる。
 イギリス人……スプーンを置き、皮肉を言ってから店を出ていく。
 ロシア人……酔っぱらっていて蠅が入っていることに気がつかない。
 アメリカ人……ボーイを呼び、コックを呼び、支配人を呼び、あげくに裁判沙汰となる。
 アイルランド人……取り出した蠅を片手で摘みながら、こう蠅に叫ぶ。「吐き出せ、吐き出せよ、ちくしょう!」
 日本人……周りを見回し、自分だけに蠅が入っているのを確認してから、そっとボーイを呼びつける。
 韓国人……蠅が入っているのは日本人のせいだと叫び、日の丸を燃やす。》
 最後の1行はとくにおもしろい。だからオチに持ってきたのだろうが、しかしこれは世界的な評価なのだろうか。それほど日の丸を焼くシーンが世界中で放映されているのだろうか。日本人が付け加えた1行かもしれない。どこで採取したジョークなのか知りたいところだ。もっともジョークは流れ流れていくうちに添削がおこなわれ形を変えていくものだから、こまかいことまで詮索してもしょうがないか。

 英語下手もそうとう話題になっているようで、とくにLとRが使い分けられない点がからかいのネタになっている。
 《●RとLで大違い
 アメリカ人の新聞記者が、日本の政治家に質問した。
 「一番最近の選挙はいつでしたか?」
 すると、日本人政治家は答えた。
 「今朝かな」》
 election(選挙)とerection(勃起)を聞きまちがえたというオチだが、《また、日本人の女性がアメリカ人の男性の友人に、「Dou you have a lover ?(恋人はいるの?)」と聞こうとしたのに、「Do you have a rubber ?(コンドーム持ってる?)」と発音してしまい、相手を驚かせたなどという笑い話も有名である。》

●鋭いオチにうなる

 日本を怒らせる方法を各国の政治家が話し合うというジョークもおもしろい。中国人は、潜水艦で領海を侵犯したにもかかわらず日本は潜水艦を攻撃してこなかったといい、韓国人は竹島を占領しても、ロシア人は北方領土を占領しても日本は攻撃してこないという。すると北朝鮮人が「そんなこと簡単ですよ。われわれが核兵器を日本に使いましょう。そうすればさすがの日本も怒るでしょう」といった。するとアメリカ人が首を横に振って「むだだね。それ、もうやったもの」。というジョーク。図星を指されたようでくやしいが、逆にこのジョークを利用して「それほど平和的な国なのだ」とアピールする機知を日本の外務省が持ちあわせていたら嬉しいな。

 《●捕虜
 西暦二〇〇X年、日本と中国のあいだでとうとう戦争が勃発した。
 開戦当初、日本軍の優勢が続いた。
 開戦から一週間。中国兵の捕虜が一億人出た。
 次の一週間。さらに中国兵の捕虜が一億人出た。
 翌日、北京から東京に向けて、無条件降伏の勧告が来た。
 「どうです、まだ戦争を続けるつもりですかな?」》

 《●各国のベストセラー
 それぞれの国で最も読まれている書物とは?
 アメリカ……新約聖書
 イスラエル……旧約聖書
 イスラム諸国……コーラン
 日本……マンガ
 中国……毛沢東語録
  (結論)世界で読まれているのはファンタジーばかりである。》
 結論の鋭さにうなってしまう。

●ジョーク本に泣かされる

 日本のアニメは世界中に浸透してしまったようだ。『模倣される日本――映画、アニメから料理、ファッションまで――』(浜野保樹、祥伝社新書)でも、ヨーロッパで最も有名な日本人は鳥山明だといっていたが、アニメをサブタイトルに謳っているわりにはたいした情報もなかった。実体験がないからだろう。早坂のほうが詳しい。1951年生まれの東大教授と1973年生まれのルポライターでは興味のありようがちがう。

 ある日、天国のどこを巡回しても天使や子どもたちが遊ぶ姿が見えないのを不審に思った神様が、どうしたわけだとある男に尋ねると、「日本人がテレビを持ち込みましてね。アニメの放送が始まったんですよ。みんなそれに夢中でして」という答えが返ってくる。世界中どころか天国にまで浸透してしまったのだ。いくらフランス政府や中国政府が放映を禁止しても無駄なことだ。

 とくにポケモンの人気はすさまじいようで、こんなエピソードが紹介されている。《ボスニア・ヘルツェゴビナの首都サラエボで、ある家庭に招かれた時のこと。その家には上は一〇歳、下は二歳までの四人の子どもたちがいたのだが、その子ども部屋はカラフルなポケモングッズで埋め尽くされていた。母親は苦笑しながら、「日本人のあなたにはぜひ愚痴を言っておきたいわ。『ポケモン』のせいで、グッズをせがまれるわ、テレビを観せないと大泣きするわ、毎日大変なのよ。まったく困ったものよ」。/言葉とは裏腹に、母親の顔には平和と幸福を取り戻したサラエボ市民の安堵の色が見て取れた。一万人以上とも言われる死者を出したサラエボ市民が、やっと手にしたかけがえのない平和な日々の中に、日本のアニメも存在していた。》この一節には正直なところ感動してしまった。ジョーク本を読んで泣かされるとは思わなかった。

 足で書くからこういうすばらしい一文が書ける。かつて猪瀬直樹のベストセラー(タイトルは失念)を読んだ時にも同じことを感じた。どうもこの本は週刊誌のようにデータマンが取材してきたものを猪瀬がアンカーマンとしてまとめたものではないかという印象を持った。日本国の暗部をあぶり出す有意義な内容なのだが、いまいちしっくりこない思いを抱えながら読み進めていくと、ある章が俄然おもしろい。あ、ここは本人が取材しているなと思った。ディテールを描きだす能力がほかの章とはちがうのだ。