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 『痛みと麻痺を生きる――脊髄損傷と痛み――(脊損痛研究会、日本評論社)

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 私の一日は、痛み対策に始まり痛み対策に終わる。日中だけではなく、夜中も痛みで目覚めるたびに体位交換してもらう。背中全体に「しびれ痛」があるのだが、とくに左の肩胛骨から上腕二頭筋にかけてはひどく痛む。痛みさえなければいまの倍は行動できるだろう。

 何か解決の糸口を見つけられないものかと本書を読んだ。日本せきずい基金と脊損痛研究会が、2003〜4年に6000人の在宅脊髄損傷者に対しておこなったアンケートをもとにして書かれたものだ。脊損の75%に痛みが発症し、全体の26%が生活に支障をきたすほどの痛みに苦しんでいるという。あまりの痛みに耐えかねて自殺におよぶひともいる。にもかかわらず医師にまで「麻痺しているのだから痛くないはず」といわれるほど世間の認知度は低い。そこで障害者の生の声をぶつけて問題提起をしようというのが本書の趣旨だ。

●専門用語から逃げない姿勢

 第I部は脊髄や痛みに関する総論。ここで私は、長年わからなかった「痙性」と「痙攣」の違いがわかった。《筋肉が不随意に緊張して屈曲伸展を来たし、コントロールできなくなる事態が起こるのが痙縮または痙性である。痙性麻痺ともいわれる。(中略)全身がいきなりそり返ったり、上肢がつっぱったまま固まるということもある。下肢のつっぱりが多い。》いっぽう「痙攣」は、筋肉がこきざみに不随意の収縮運動を起こしブルブルふるえることだという。それなら大きいのが痙性で小さいのが痙攣、といっていいだろう。自分を例にあげれば、指がピクピクしたり腹筋がブルブルふるえるのは痙攣、夜中に足がガクンとつっぱって眠りをさまたげるのが痙縮だ。

 話は少しそれるが、「痙性」はもともと形容詞ではないだろうか。「痙性麻痺」は「弛緩性麻痺」の対語のはずだ。激しい症状を見て「痙性麻痺者が痙攣を起こしている」というべきところをはしょっているうち「痙性が起こった」という妙な表現になってしまったのではなかろうか。痙縮という言葉を使うべきだろう。

 薬品名・手術名など専門用語もたくさん出てくる。いいことだと思う。とかく出版社は「一般書だからなるべく専門用語は避けよう」とする。むつかしい専門用語をわかりやすく解説するのが一般書の役目ではないか。逃げてどうする。障害者と医療従事者はなるべく共通の言語でしゃべるべきだろう。

●悲痛な叫びのなかの微かな光

 第II部「痛みと麻痺を生きる」では、12人の脊髄損傷者(女性7人、男性5人)がみずからの痛み体験を語っている。頸損から腰損まで、事故から病気までと幅広く、女性の声が多いのも脊損関係の書物としては異色といっていいだろう。どの治療履歴も詳細をきわめ、悲痛な叫びに満ちている。この薬もあの薬も効かなかった、あの治療法もダメだったという話が多いが、なかには「効果あり」という報告もあるのでそちらに力点を置きながら「教訓」を読み取っていこう。

 【大きな手術はしないほうがいい】
 大きな手術をして成功した、痛みが緩和されたという声を聞かない。たとえばS藤さん(頭部・頸髄・胸髄21年39歳)は《頸部の負担を軽減させるためという説明のもとに、第1肋骨切除、斜角筋切除、鎖骨を削る手術をおこなったが、とくに好転せず。むしろよけいな痛みが残った。》その後胸椎1〜2番の硬膜外と後頭部に麻酔薬を注入する手術をおこなったが、感染症で髄膜炎になり、2度めの脊髄損傷を負う。痛みが悪化しただけでなく鎖骨から下の皮膚感覚がなくなり、歩行に装具が必要となった。あろうことか医師は自分の手に負えないとみるや、「働きたくないから歩けないフリをしている」と怒鳴りつけた。すっかり医療不信に陥る。
 I藤さん(腰髄20年55歳)もドレッツ(知覚神経が進入してくる脊髄後角部分の神経を焼き切って痛みを断つ)という手術をすすめられ実施したが、痛みは変わらず感覚だけがなくなる。さらに脊髄電極埋め込み、大脳皮質電気刺激法などの手術を受けても効果なく、脊髄切断手術まで受けたが、完全麻痺になっただけだという。
 痛みや痙縮に悩む患者に対していともかんたんに「神経を切ればいい」という医師がいる。「女性は産む機械」のY沢厚生労働大臣にかぎらず男は機械が好きで、どうも体を機械にたとえたがる。神経を電線にたとえるのはわかりやすい比喩だが、神経は銅線ではない。生命は機械のように単純にはいかない。

 【劇薬は副作用がひどい】
 私も以前「はがき通信」などの情報から主治医(内科)にMSコンチンの処方を申し出たことがあるが、「あれは末期癌の患者さんに処方するものだ」と断られた。モルヒネだから副作用が強いのは当然だろう。

 【抗鬱剤は有効だが副作用も】
 S出井さん(頸髄16年45歳)はペインクリニックや精神科で多種多剤の抗鬱薬を試したが、ある程度の除痛効果が得られたものの、体重増加や便秘などの副作用に苦しみ減薬したそうだ。それでも「リボトリールは少し有効かもしれない」という。M田氏(胸髄・腰髄11年56歳)は、生命科学者柳澤桂子さんの痛みをなおしたクリニックで抗鬱剤治療を受けたところ痛みは4分の1まで低減したという幸運なひとだが、このひともリボトリールが効いているようだといっている。

 【東洋医学や気功は成功例が少ない】
 H谷川さん(頸髄16年46歳)は、ハリ治療を試したことがある。そのときだけは楽になるが、すぐ元にもどるのでやめてしまったという。だがアンケートの中には、リハビリと鍼灸・マッサージで痛みが最大時の1割まで減少したという劇的な答えもあるから一概に否定はできない。

 【効いた薬】
 H沢氏(頸髄24年45歳)は、ボルタレン座薬が効くという(ただしこの薬で胃潰瘍になったというひともいるから用心しなければならない)。氏はデカドロン・キシロカイン・アルツ1Aのミックス注射は抜群に効いたが3日で無効になったとも報告している。さらに氏は《「経験者の話」というのが非常に参考になった。アドバイスがなければ、間違いなく薬物依存症といったような悪い方向へ転落していただろう。》と述べている。
U田さん(脳挫傷・頸髄16年43歳)はバイク事故でひじに幻肢痛があったが、眠剤(トフラニールやアナフラニール)で楽になった。
Q留井さん(頸髄12年46歳)はリンラキサーが痙縮を抑えるのに効果があるという。《アルコールも適量は身体の緊張を緩和するのによいと思う。》ただしテレビを見てボーッとしているとよけい痛くなる。薬品ではないが、「なにかに夢中になること」を薦めるひとは多い。
K沢氏(胸髄6年52歳)は「魚の活け造り」のような激しい不随意運動に悩んでいたが、バクロフェン髄腔内注入治験を受けたら激しい痙縮はおさまったという。

 体温計のような「痛み計」がないかぎり痛みは数値化、客観化できない。仮にあったとしてもひとりひとり体や環境は異なるのだから確実に効果のある医療はむつかしいだろう。だが、われわれが日頃から自宅でできる対処法もある。みんなが口をそろえるのは、十分な睡眠、入浴、暖め、マッサージだ。痙縮と寒さは大敵。これらに共通するキーワードは「血行」ではないだろうか。私はここ半年ほどペインクリニックにかかって神経ブロックをしている。痛みの強い部分の近くにキシロカインなどの麻酔薬を月2回注射する。以前にくらべて痛みは2〜3割減ったように感じている。「とにかく冷やさないように」とドクターは言う。冬場車椅子に乗るときははとくに下半身を電気毛布で包み、手には自家製のアームウォーマーをはめ、痛みの強い左腕にはホカロンを貼るという重装備だ。

(「はがき通信」第104号から転載)