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 『セックスボランティア』(河合香織、新潮社)

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 〇オランダでは1981年から

 オランダのSAR(関係維持財団)について初めて報じたのは、「日本福祉新聞」の1994年5月号、フリーライター水島章雄ではないだろうか。オランダという国は売春は合法、麻薬も合法、尊厳死も合法とずいぶんススんだ国だとは思っていたが、性行為の相手をしてくれるボランティアまでいることを知って驚いた。切抜きが取ってある。記事によれば1981年、重度障害者のルネ・ヴェルクートが、売春婦を自宅に呼んだものの金だけ取られて逃げられてしまったという障害者の相談に乗ったのをきっかけに創設。ボランティアの女性11人の半数は看護師、男性は3人でそのうち1人はホモセクシャル。

 しくみはこうだ。電話相談を経て、ボランティアが障害者の家へ行く。初回はお話だけ。2度めから1時間半性的接触をするのだが、ボランティアが花束などのプレゼントを持参する。《身障者は実費(交通費等)として百五十ギルダー(約八千円)を支払う。ボランティアはSARに七・五〇ギルダーを維持費として振り込む。》売春婦相手だとむなしいだけだが、SARのひととの時間は充実していると利用者には好評のようだ。問題なのは恋愛感情。ボランティアは「夢を見させてもいいが、期待を持たせては不幸だ」として一定の距離を保つよう心がける。女性障害者にとってはボランティアが最初の男性になるせいか、これがむつかしいという。(初回はお話だけという風習は昔の吉原に似ている。プレゼントを持参するというのは商売ではないことを印象づけるためだろうが、しかしこれも、吉原では客がじかに売春婦に金を渡すことはなかったという事実を連想させる。)

 さてそれが10年たったいまどうなっているか。本書ではSARを「選択的な人間関係財団」と訳している。年間延べ2000人が利用、利用者の9割が男性。サービス提供者は女性13人、男性3人。1時間半で73ユーロ(1万円)、そのほとんどが提供者に入る――というからほとんど変化なし。利用者の6割が知的障害者というのはなぜなのだろう。ヴェルクートが最初に扱ったのが知的障害者だったからだろうか。オランダの売春婦はたちが悪いのか。ヨーロッパで買い春した吉行淳之介は「性交はできても情交はできなかった」と言っている。

 会長はマーガレット・シュロイダー68歳、寝たきり生活の経験から31歳のときNVSH(性改革オランダ協会)で電話相談を始める。マスターベーション介助の経験あり。現在夫のラオも広報を担当しているが、夫にはサービス提供者になってほしくないとマーガレットは思っている。オランダ人といえども平気ではないのだな。サービス提供者が結婚しているばあいは配偶者の承諾を必要とするのだが、やはり理解は得にくい。高齢化もあってやめるひとが多い。つづけているひとの理屈は「あなたも誰かが川でおぼれていたら見過ごせないでしょう、それとおなじ」というもので、「看護師、介護士が無料で障害者の性介助をおこなえるような制度を作るべきです。通常の医療制度のなかにセックスの介助も組み入れていきたい」と語る。

 オランダでは障害者に対して、36の自治体がセックスの助成金を出している(水島の報告では7市町村だから、これは増えている)。ドルドレヒト市では月3回。売春婦も可。低収入・無伴侶・マスターベーション不可能という条件がつく。ただしほとんどの自治体ではそんな助成金はないと否定する。実際、役所でもそれを知っているのは担当者だけ。

 〇愛欲は満たされない

 これを読んで最初は「すばらしい!」と思った。オランダ的合理精神を突き詰めていくとこういう結論に達するだろう、いずれ先進国はみなこの理想形態にむかってすすんでいくのだ! 白衣の天使に介助されたい! わかい子おねがいねと思った。しかしよくよく考えているうちに、違和感が出てきた。まず介助する側の看護師やヘルパーがいやがるのではないか。人間は教育次第で意識の持ちようはずいぶん変わるものだが、食事介助と同じだとは思えないだろう。看護師志望者がいなくなってしまう。川でおぼれたひとのたとえは、孟子の性善説を連想させて一見美しいが、性介助を幾度か受けるうちに、自分はおぼれたひとなのか、ならばあのやさしいひとも憐れみや正義感で来てくれているんだなあと男女を問わず多くの障害者は気づくだろう。はじめは夢見心地にしても。

 売春婦だとむなしいが有償ボランティアなら充実した時間が過ごせるという障害者の気持ちと、恋愛感情を持たせないようにするというボランティアの配慮は、ハナから矛盾している。かりに看護師・介護士が性介助をしてくれる制度ができても、医療制度が性的接触を保障してくれても、この溝は埋まらないだろう。愛欲というものがある。通常、性欲と同義に使われているが、自分は分けて考えている。性欲は性行為をしたいという欲求、愛欲は愛し愛されたいという欲求のことだ。執着とも言い換えられる。育児に長年月を要するため、ヒトのカップルは生殖を目的とするよりむしろ絆を強めるために性行為をおこなうというのがエソロジーの解釈だ(意識の表層にあるのは絆ではなく快楽だろうが)。だから男は女をオルガスムに導かなければ満足できない。男の性感なんかたかが知れている。ピュッピュでおしまいだ。マスターベーション介助を受けるだけで真の満足が得られるはずはない。女は女でオルガスムのさいにはパートナーに対してひときわ強い愛欲を抱くようだ。相手がボランティアにせよ出張ホストにせよ愛情を禁じても無理なのではないか。

 性欲だけなら人生は簡単だ。配偶者が婚姻外性交をおこなったからといって嫉妬することもないだろう。だがあいにくなことに自分だけを見ていてほしいという欲求が愛欲には含まれている。売春の料金は、愛欲を捨てて性行為をおこなう自制心と、なおかつ愛欲をいだいているふりをする演技力に対して支払われるものだともいえるのではないか。「惚れているのはおまえだけ」を証明するのに吉原の女郎は指を詰めてお客に送ったほどだ。そのふりをしただけだが。

 〇売春従事者にもボランティア精神

 河合は1974年生まれ、出版年の2004年ちょうど30歳。本書全体に暗く湿った印象があるのは著者の資質によるのか、テーマのせいか。雨の情景が多い。取材中幾度となく「なぜあなたが障害者の性について取材をしているの?」という質問を受ける。「障害者の性を語るためには、まずそれぞれが自分の性を見つめなければいけない」とあるひとに言われたことも胸に残りつづけた。最終章では自らのにがい性体験を告白する。小学校1年生の夏、若い男にプレハブ小屋の裏に連れ込まれた。男は《性器を露出し、私の顔に唇を押し当てた。》5分ぐらいの出来事だったが、今日に至るまで両親にも話せないできた。《私は十年以上その記憶さえ消し去っていた。性に対して過剰に構えを持ち、自分自身の性がどうありたいのかをまっすぐ見つめようとしなかったこともあった。だからむしろ、性というテーマに引きつけられたのかもしれない。》

 2004年11月の時点で、8万部突破と新潮社は宣伝している。特殊な狭い世界の話なのに、どうしてそれほど多くのひとが関心をいだくのか。見せもの小屋をのぞく好奇心ばかりではなさそうだ。うちに来る女性たちも、ふだんはおれがどんな本を読んでいるかなど興味をしめさないのに、この本のことは口にする。介護にたずさわるひとは、そうでないひとよりも世の中のために役立ちたいという意識が強い。もし自分だったらどうすべきかとまじめにとらえているのだろう。ひょっとしたら、求められることがあって悩んでいるのかもしれない。

 第1章、竹田芳蔵、1932年生、脳性麻痺、気管切開、施設。脳性麻痺のひとは動けないだけで感覚はある(「チンチンは海綿体であって、筋肉じゃない。――だから、筋ジスはチンチン起ちます、ってちゃんと書いといて」と言いはなった『こんな夜更けにバナナかよ』のシカノを思い出す)。マスターベーション介助を受けている。出演したビデオの中でカメラマンがその介助をするところから本書は始まる。こういうのもホモセクシャルのうちにはいるのだろうかなどとよけいなことを考えてしまう。

 施設職員の佐藤(社会福祉士)は、日常的に動けない障害者の手となってマスターベーションの介助をする。「おおっぴらに語られていないだけで、身障者の介助の現場では多くの人がしていることですよ。べつに珍しいことではありません」と語る。施設職員というと不親切独善といった先入観があるだけに意外だった。しかしほんとうに身体障害者施設ではそんなことが頻繁におこなわれているのかな。

 第2章、伊緒葵、1967年生、脳性麻痺、全介護、親がかり。1997年、パソコン通信の掲示板で障害者の性の悩み相談に乗っている主婦、山本小百合36歳にマスターベーション介助を2度受ける。「自分が射精するところぉを初めて見ました。手が不自由だぁったので、マスターベーションをしたことはそれまでになかった。三十年あまり、夢精しか経験したことがなかったのぉです」よかった、よかった。挿入はOKだがキスとフェラチオは断られる。微妙な女心。口は給餌にかかわるもので愛の発生源だからだろう。売春婦もキスは断ると聞いたことがある。伊緒は2002年、健常者と結婚。

 山本小百合は周囲の理解が得られずセックスボランティアをやめたが、想いは熱い。「食べることや排泄についてはみんな言い出せるけど、性に関してはなにもいえない。一生当然の権利を口に出すこともできずに死んじゃう人があまりにも多い。自分が生きていることだけでも迷惑だと思っている。贅沢なのかなと思いこんでいる。その人たちをどうしたらいいんでしょうか?」おぼれたひとを放っておけないというわけだ。性欲だけならなにもそんなに深刻に考えなくても今ではフーゾクがある。障害者専門風俗店の出現は2000年。2004年現在は全国に8店。「障害者の性についてどう思うか」と聞かれたあるソープ嬢は言う、「何を思えっていうのよ。チンチンは立派に立つ。オツユもドバーッと出る。チンチンが普通ならみんな同じ友達よね」。『欲望の司祭たち――風俗産業に君臨した八人の主役――』(いその・えいたろう、評伝社、1990)には、大津雄琴で14年間トップの座を維持した羽渕利子の「もてないタイプや身体障害者をこの世界では汚れ客と呼ぶ。汚れ客には特に親切にする、これが指名をとる秘訣」という言葉が出てくる。障害者専門の店ができるまえから売春婦は障害者を受け入れてきたのだ。しかし売春する男はむかしからいたにせよ、「出張ホスト」の店が堂々と出現したのは最近のことだろう(おかげで売春をする男性の普通名詞が見あたらなくて困る)。

 第3章、ユリナ、20歳大学生、障害者専門デリヘル嬢。自身も高3のとき耳が聞こえなくなる。著者はデビューに同行。デリヘルを利用した障害者の話は聞いたことがあるがサービス提供者側の話は初めて読んだ。訪問前は緊張、訪問後は楽しげ。

 デリヘル嬢はなぜこの障害者専門の店を選んだのだろうかという問いに店長は、「いいことしていると思いたいんでしょう。それと、三十代になっても指名してくれる人がいるのが嬉しいと言っている子もいました」「だいたい、障害者専門の風俗店というのがあるのが不健全なんだ。ほんとうは、障害者を受け入れてくれる普通の風俗店が増えたほうが健全な世の中でしょう」このひとは休みの日には障害者の旅行の付添いなどをしている。

 第4章、柏木奈津子、26歳、先天性股関節脱臼、金持ちの親と同居、家から出ない。25歳から出張ホストを利用。出張ホストクラブ「セフィロス」は、障害者半額。店長は「社会のために少しでも役に立てばと思い、障害者への割引を始めたんですよね。なんていうか、人生の帳尻を合わせている感じでしょうかね」

 第5章は軽度知的障害者。周囲の人間たちの取組みがえがかれる。1948年から96年までつづいた優生保護法は、遺伝性の精神疾患や顕著な遺伝性身体疾患に加え、遺伝性ではない精神障害者や知的障害者にも本人の同意なしで生殖機能を断つことができるという内容になっていた。《一九五三年に出された厚生省のガイドラインでは、審査に基づく優生手術は、本人の意志に反しても行うことができ、やむを得ない場合は、拘束しても、麻酔を使っても、騙してもいいと明示されていた。》

 《月経の介護の軽減を名目に、女性障害者に対して子宮摘出手術が行われてきた事例もある。》これは聞いたことがある。どうせ子供を産む可能性はないのだからと説得されるのだ。でなければ施設への入所を認めないと言われたら、重度障害者に選択肢はない。施設の職員数人にわけもわからぬままに回され妊娠し、堕胎を強要され、気がふれた知的障害者の話も聞いたことがある。欲望の充足よりこういうひとを守るほうが先決だ。第一、重度障害者は1日1日を乗り切るのに精一杯で、とても性欲に悶々とする余裕などないのが大半の現実だろう。