31(2005.12 掲載)

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【Paroles 翻訳勝負 最終試合】

   DÉJEUNER DU MATIN

 Il a mis le café
 Dans la tasse
 Il a mis le lait
 Dans la tasse de café
 Il a mis le sucre
 Dans le café au lait
 Avec la petite cuiller
 Il a tourné
 Il a bu le café au lait
 Et il a reposé la tasse
 Sans me parler
 Il a allumé
 Une cigarette
 Il a fait des ronds
 Avec la fumée
 Il a mis les cendres
 Dans le cendrier
 Sans me parler
 Sans me regarder
 Il s'est levé
 Il a mis
 Son chapeau sur sa tête
 Il a mis
 Son manteau de pluie
 Parce qu'il pleuvait
 Et il est parti
 Sous la pluie
 Sans une parole
 Sans me regarder
 Et moi j'ai pris
 Ma tête dans ma main
 Et j'ai pleuré.

  「その日の朝食」   「朝の食事」(北川訳)
彼は湯飲みの中に かれは茶碗に
カフェを注いだ コーヒーをついだ
彼はカフェの入った湯飲みの中に□□□□□ コーヒーの茶碗に
牛乳を注いだ ミルクをいれた
彼はカフェオレの中に そのミルクコーヒーに
砂糖を入れた 砂糖をいれた
小さな匙でかき回し 小匙で
カフェオレを飲んだ かきまわした
それから彼は湯飲みを置いて ミルクコーヒーを飲んだ
口もきかずに それから茶碗を置いた
タバコに火をつけた あたしにはものも言わないで
彼は煙で輪を作り シガレットに
灰皿の中に 火をつけた
灰を落とした 煙で
口もきかずに 環をつくった
わたしを見ずに 灰皿に
彼は立ち上がって 灰をおとした
帽子をかぶり あたしにはものも言わないで
雨合羽を身につけた あたしを見ないで
雨が降っていたからよ 立ちあがった
とうとう彼は 帽子を頭に
雨に打たれて出て行った おいた
ひと言もなく レインコートを
振り返りもせず 着た
そのあとわたしは 雨がふっていたから
片手で頭をつかんで それから
泣いた。 雨のなかを
ひと言も話さないで
あたしを見ないで
出かけた
あたしは 頭を片手でかかえて
それから 泣いた。

 タイトルの DÉJEUNER DU MATIN は、直訳すると「その朝の朝食」だが、そんな日本語はない。だからといって「朝の食事」ではあっさりしすぎている。北川は「その朝の食事」にしようかと一瞬迷ったものの、それではくどくなると考えたのかもしれない。だが特別な朝であることは訳しておきたい。「その日の朝食」のほうが適訳。

 この詩でも日仏英のバトル・ロイアルが見られる。tasse はコーヒーカップと訳すのが一番楽だ。でも英語を使うのは癪にさわる。それで北川は茶碗と訳したのだ。おれは、茶碗とは茶を飲むための碗ではないかと考え、悩んだすえ、より中立的な湯飲みに到達したのだった。ただし優劣がつくほどのことではない。つぎに北川はコーヒーとかミルクという言葉を使いながら呻吟し、ミルクコーヒーをつかわざるを得ない仕儀に至ってはほぞをかんだであろう。カフェオレという単語がつかえる時代に訳したおれのほうが有利だった。それなのにおれはシガレットをわざわざタバコとしてしまった。チョンボであった。

 やさしいフランス語だから解釈に差が出ることはない。あとは感性の問題。女性視点の詩であるのは疑いのないところだが、さて女っぽさをどう表現するか。北川は「あたし」をつかった。おれは極端に単純な単語をつみかさねていく主人公の意識のありかたを見て、このひとは女々しさを拒否しているのだと読んだ。それで女らしさは「雨がふっていたからよ」の「よ」ひと文字にとどめた。

 終始冷静な言葉で情景を描写してきた女は、最後の3行で感情を爆発させる。Et moi j'ai pris/Ma tête dans ma main/Et j'ai pleuré. 「片手で頭をつかむ」のがいいか、それとも「片手で頭をかかえる」のがいいか。日本語としては「頭をかかえる」というほうが普通の用法だが、それはきわめて困惑した状態をあらわす比喩表現で、手は両手だろう。このばあいは実際に頭に手をやっている。それも片手だ。「つかむ」にした所以。この詩はドロー。

 翻訳勝負はこれにて打ち切り。

 @ LA BELLE SAISON 勝者=北川
 A ALICANTE おれ
 B J'EN AI VU PLUSIEURS...  北川
 C POUR TOI MON AMOUR 北川
 D LE CANCRE おれ
 E CHANSON DES ESCARGOTS QUI VONT À L'ENTERREMENT 北川
 F DÉJEUNER DU MATIN ドロー

 7番やって2勝4敗1分け。こちらがジャッジを兼ねるという試合だから、おのれに有利な判定はするまいと心がけたせいもあるが、実力の差は明らか。なんとかドローに持ち込んだここらが引き時だろう。