▼改題の弁

 「これ何かしら。あごに何かできてる」と妻が言った。「悪いものでなければいいんだけど。こんど看護師さんに診てもらって」
 皮膚癌を疑っているのだろうか。痛くも痒くもないし、けがをして以来鏡を見る機会がほとんどないから、まったく気づかなかった。
 訪問看護の日、「あごに何かできているって家内が言うんですけど……」とおそるおそる尋ねると、看護師はチラッと見るなり「老人性イボ」と言い放った。いささかのためらいもないところをみると、前から気づいていたのだろう。
 家で鏡を見ることはないが、エレベーターに乗り込んだとき奥に大きな鏡が貼ってあることがあり、そんなときはいやでも対面せざるを得ない。髪の毛はもうとっくに真っ白だ。眉毛も白い。まぶたは無理に見開かなければじゅうぶんに開かないし、目の下には大きな袋が垂れ下がっている。鼻の穴から白い毛が跳び出していることもある。薄い肩は惨めに落ちているのに、車椅子の胸ベルトの下で腹だけがせり出している。
 2009年、還暦を迎えた。日本男性の平均余命が80近くなったいま、60ぐらいではハツラツギラギラしているひとも多いが、わたしはもう正真正銘の老人だ。本サイトのタイトルを「障害老人乱読日記」とあらためる所以だ。ただし内容はこれまでどおり。老人になったからといってさしたる進歩もない。