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 『食品の裏側――みんな大好きな食品添加物――(安部司、東洋経済新報社)

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 たしかテレビ東京だったと思うが、「スーパーの裏側」といった番組を放映したことがある。テレ東といえば飲食店のおべんちゃら番組を大量生産している局だが、その番組だけはいつもとちがった。たとえばマグロのサクは、売れ残るとカットして同じ事情でカットされたほかの魚と合わせて「お刺身セット」になる。それが売れ残るとこんどはぐちゃぐちゃに叩いてサラダ油を加え「ねぎとろ」かなにかにして店頭に並べるのだ。そのての裏事情がつぎつぎと紹介されたからたまげた。店長の言い分は「捨てたらもったいない」というものだった。廃棄率が高いと本部から叱責されるのだそうだ。
 本書はスーパーのそういった工夫がかわいく見えるほど大がかりな、加工食品全体を覆っている食品添加物の恐るべき現状を告発したものだ。

●「添加物の神様」悔い改める

 著者は山口大学文理学部化学科卒業後、食品添加物の商社に入り、「食品添加物の神様」と呼ばれるほど食品添加物に精通し、なおかつ出勤前に取引先の加工食品の会社に手伝いにいくなどのモーレツぶりをしめして信用を獲得、東で麺工場のおやじさんに「日持ちがしなくて困っている」といわれればプロピレングリコールやpH調整剤をすすめ、西で餃子の皮屋が「型抜きのときに機械にくっついて困る」とこぼせば、「じゃあ『乳化剤』を入れましょう。作業がグンと楽になるし、ひからびも防げますよ。あと『増粘多糖類』も入れると、コシが強い皮になります」と「悪魔のささやき」をくりかえし、そのたびに顧客から感謝されるというぐあいで、添加物をバカスカ売りまくった。

 クスリさえ使えば職人技などいらない。パートのおばちゃんでも職人なみの製品が作れる。《添加物を納入しているうちに、「こういう商品をつくりたいのだけど、そちらで開発してくれないか」という依頼まで来るようになったのです。/漬物、スナック菓子、ハンバーグ、ジュース、インスタントラーメン……。ありとあらゆる種類の商品を開発したものです。》ある「だしの素」は全国的な大ヒットになり、その会社は大躍進、社長から「ウチにあんたの銅像を建てる!」とまでいわれたとか。

 ところがある日、めずらしく自宅で食事をする機会があったとき、おさないわが子が自分が開発したミートボールを食べているのを見て、「これは食べちゃいかん!」とひったくり、その瞬間に「製造者は消費者でもある」ことに気づく。で、翌日会社を辞めてしまったというのだが、ここはちょっと話がおもしろすぎる。もっと早くから気づいていたはずだ。加工食品会社のひとは、社長からパートにいたるまでだれも自社製品を食わないということを知っていたのだから。

 「食品の裏側」というタイトルは、そういった食品業界の裏事情という意味だが、もうひとつ、加工食品の裏側には添加物の薬品名が記載してあるのだから、消費者は買う前にちゃんとそこを見なさいという意味でもある。

 添加物の神様はもう業界を去ったのに、いまだに業者が添加物の使用方法を尋ねてくる。そんなときは、「教えてもいいけれど、でもそれとひきかえに職人としての魂を売ることになるのですよ。自分のつくったものを年老いた両親やおさない孫に食べさせることができますか」と問いかけるのだそうだ。

●「フレッシュ」はクサイ

 本書の冒頭に「つかみ」として登場するのがコーヒーフレッシュだ。コーヒーに添えられて出てくれば誰だって乳製品だと思う。ところがこれはサラダオイルに水を混ぜて白濁させただけのもの、牛乳なんか一滴も入ってない。水と油ならべつに害はない。しかし本来混ざらない水と油を混ぜるためにさまざまな添加物が入っているのだ。フレッシュという命名がずるい。

 さる老人ホームで調理係をしている婦人から、野菜はすべて消毒液に浸けると聞いたときは愕然とした。おふくろもそんな野菜を食わされているのかと、当時特別養護老人ホームに入っていた母を想った。体力のおとろえた老人を食中毒から守るためにはやむをえない行為なのだろうとそのときは自分を納得させた。

 ところがだ。コンビニやスーパーで売られている「カット野菜」「パックサラダ」は、「殺菌剤」(次亜塩素酸ソーダ)のプールに何度も浸けてあると安部はこともなげにいう。そうするといつまでもしなびず長持ちするのだそうだ。食べたときのシャキシャキ感を出すためにpH調整剤のプールに入れるメーカーもあるという。《カット野菜を好む奥さんは、自分が切ったレタスはすぐに切り口が茶色くなるのに、なぜ、売っているものはいつまでもきれいなのか――そんな「素朴な疑問」を持ったことがあるのでしょうか。》

●添加物大量使用の三羽烏

 明太子、漬け物、練り物・ハムソーセージ、この三つは添加物を大量に使う加工食品の代表だ。練り物が化学調味料のかたまりであることは、数十年前水産業の本を読んだときから知っている。練り物はスケトウダラの冷凍すり身で作られるのだが、冷凍すり身を船内工場で製造するさい冷凍変性を防ぐためうまみ成分を洗い落としてしまうからだ。

 たとえば本来の明太子が、スケトウダラの卵巣に自然海塩、純米みりん、純米酒、丸大豆しょうゆなど8種類の調味料を加えてできているのに対し、一般の(われわれが食べている)明太子は、ポリリン酸ナトリウム、ニコチン酸アミドなど聞き慣れないクスリが20種類ほど添加されている。なぜなら柔らかくて色の悪い低級品の原料タラコでも《添加物の液に一晩漬けるだけで、たちまち透き通って赤ちゃんのようなつやつや肌に生まれかわります。身も締まって、しっかりした硬いタラコになるのです。》かしこいというべきかずるいというべきか。

 「無着色」と金色のシールを貼った明太子なら安全かといえば、それは単に2、3種類の「合成着色料」を外しただけで、ほかの添加物はそのままだ。それなのに価格は高めだから、客は安全だと思ってしまう。

 低塩梅干しというのを考えたのはどうやら著者のようだ。塩分のとりすぎは高血圧のもとだというので減塩運動が始まったころ、ならば低塩で一儲けしようと考えたのだという。通常梅干しをつくるには、味付け・保存・色落ち防止・食感のため梅の重量の10〜15%の塩を使わなければならない。《低塩で塩を減らすなら、この役割をほかの何かで補う技術が必要になってきます。》で、味付けは「化学調味料」、保存は「pH調整剤」「アルコール」、色落ち防止には「酸化防止剤」、酸味は「酸味料」で補い、しょっぱさを抑えるためさらに「ステビア」「サッカリン」などの甘味料を加える。この技術をほかの漬け物にも応用し「低塩漬け物」でも大もうけ。「開発した私がいうのもおかしな話ですが」と著者は付け加える。「低塩漬け物はあまり塩辛くないのでつい食べ過ぎて塩分の過剰摂取になります」

 梅干し好きのわたしは、この本を読む前から最近の「低塩梅干し」「味付け梅干し」が嫌いだった。まずいからね。なかには甘いものまである。ある日西友に行き店員を呼び止め、そういう梅干しでない昔ながらの梅干しがほしいと言って買った。プロが選んでくれたものだから安心だと思って家に帰ったら、「味付け梅干しよ」と妻に言われた。車椅子からでは表示が読めないし手に取って見ることもできないのだ。腹立つなあもう。いまはもっぱら義理の母の手作り梅干しを食っている。わたしがあまり「うまいうまい最高」というものだからお世辞半分ととられているようだが、もう手作りでなければ本物の梅干しは食えない時代になってしまったのだ。梅干しを「要冷蔵」っていったいどういうことだ。

 ラジオで聞いた話。「うちの子にはなるべく新鮮なものを食べさせたいので、毎朝コンビニへできたてのおにぎりを買いに行く」と語る母親がいるという。数時間たった食品は廃棄するというコンビニの特徴をつかんだジョークだろうと笑ったが、ひょっとしたら本当の話かもしれない。まあおにぎりなら加工食品というほどのものではないし、と思ったら大まちがい、「昆布の佃煮のおにぎり」の佃煮には調味料(アミノ酸等)・グリシン・カラメル・増粘多糖類・ソルビット・甘草・ステビア・ポリリジンが入っており、ご飯自体にも《甘みを出しておいしくするために「アミノ酸」などの化学調味料や「酵素」が、保存性を高めるために「グリシン」などが入っています。それ以外にも、パサパサ感をなくし、照り・つやを出すために、また機械で大量生産する際ひとつひとつが機械からはずれやすくなり、加えて食べるときにフィルムがするっと抜けるように、「乳化剤」や「植物油」が使われていたりするのです。》油断できない。

●調味料こそ本物を

 正月に子どもたちの家族が集まったとき近所の「回らない寿司屋」で出前をとろうと思ったらあいにくの休み。しかたなく駅前の回転寿司まで買いにいった。割り箸としょうゆの小袋が付いてきた。このしょうゆにつけて寿司をほおばったとたん妙な味がしたので「やめたほうがいい」といってしょうゆをすべて捨てさせた。おまけに付いてくるようなしょうゆは安物なのだろうと思った。

 だが本書によれば安いだけではすまない。土台しょうゆではないのだ。「丸大豆しょうゆ」と呼ばれる1リットル1000円のしょうゆは、丸大豆・小麦・食塩の三つで造られているのに対し、1リットル198円の「新式醸造しょうゆ」は、脱脂加工大豆に例によってアミノ酸液・ブドウ糖果糖液糖など十数種類のクスリを混ぜてつくった「しょうゆ風調味料」にすぎない。

 いくら加工食品は体に悪いから料理は家で作ろうと思っても、基本的な調味料がこれでは意味がない。みりん、酒、塩、酢、砂糖、みな同じ。「三温糖は体にいい」といわれて三温糖を買ってみると、これがカラメル色素で茶色に染めた上白砂糖だったりする。世の中は値段どおりだ。

 厚労省が認めたものなんだから問題ないという言い分が食品会社から出そうだが、安全性は人体実験で証明されたものではない。ネズミで安全なのだから人間にも安全だろうという審査方法。しかも単品の検査であって「複合摂取」の実験はしていないのだそうだ。

 《一般的に日本人が摂取する添加物の量は、1日平均10グラムと言われています。/年間4キロです。日本人の食塩の摂取量が1日11〜12グラムとされますから、それとほとんど同じ量の添加物を摂取していることになります。》4キロのクスリをムシャムシャ食っているところを想像すると胸が悪くなる。

●手間をとるか、添加物をとるか

 悔い改めた「神様」も、出自が出自だから食品添加物を全面的に否定することはできない。《「毒性」は避けては通れない問題ではあるけれども、その危険性だけを扇動して騒ぎ立てても仕方がない。それよりも、もっと広い視野で添加物の問題を考えていかなければならないと私は思うのです。日本では年間約8000人が交通事故で死亡していますが、だからといって車を追放せよという話にはならない――それと同じなのではないでしょうか。》利益と損失の両面を天秤に掛けろといいたいのだろう。

 少しでも危険を回避するため著者が薦めるのは――

 @商品の裏の表示を見る。むつかしいカタカナが並んでいるが、「台所にないもの=食品添加物」だから、それの少ないものを選ぶ。

 A加工度の低いものを選ぶ。チンすればすぐ食べられる「中華どんぶりの素」など完成形に近いものほど食品添加物が多い。「手間をとるか、添加物をとるか」どちらかだと著者は言う。

 B安いものには理由がある。《大手スーパーは「価格破壊」を打ち出しています。直取引をすることで問屋の中間マージンをなくしたと主張していますが、それだけで値段が2割も3割も安くなるはずがありません。「価格破壊」の裏側には、私のような添加物屋や加工食品業者の暗躍があったのです。/昨日まで398円だったソーセージを298円で売りたいと言われれば、利益は変わらず、298円のものをつくる――それがプロの仕事です。要は材料の質を落とし、その分添加物を駆使して、「それなりのもの」をつくり上げるのです。》ショック。中間マージンの排除だと思っていた。出血大サービスだと思っていた。

 素朴な疑問を持つことだと安部はくりかえす。《安くて便利ならばと、なんの問題意識も持たずに食品を買う消費者の側にも責任はあるのです。消費者が少しでも「安いもの」「便利なもの」「見かけがきれいなもの」を求めるからこそ、つくり手はそれに応じるしかないという現実もあるのです。》2007年は「食品偽装」に揺れた1年だったが、その嚆矢ともいうべきミートホープの田中社長は、インチキ牛肉が露見したとき「なんでも半額セールを求める消費者も悪い」といったものだ。消費者の程度に合わせたものが流通すること、国民の程度に合わせた宰相が現れるのに似ている。

 2009年現在、折からの世界恐慌でひとびとは外食を減らし、飲食店はガラガラだというのに、ひとりマクドナルドだけは大もうけしている。えらく安いそうだ。しかしそんなものが体にいいわけないことは、本書を読めば容易に察しがつく。また健康問題とは別に、安い牛肉を大量生産するためにマクドナルドは南米の熱帯雨林を伐採して牧場を拡大しつづけているという話も聞く。

 日本では「ダイエット」と称してバナナをバカスカ食っているが、フィリピンで農薬まみれになりながら酷熱のもとでそれを栽培する子供たちは食うことができない。貴重な外貨獲得資源だからだ。同様にカカオ農園で働く子供奴隷もチョコレートを知らず、コーヒー園で働く子供奴隷もコーヒーなんか飲んだことがない。みな先進国の仕業だ。そしてわたしもその収奪した富を享受するひとりなのだ。