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 『ジョークで読む国際政治』(名越健郎、新潮新書)

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 世界各地のジョークをその背景となる政治状況とともに紹介。特にロシアのジョークの切れが鋭い。著者は東京外語ロシア語科卒、時事通信外信部長。モスクワ滞在中もロシア人のジョークには舌を巻いたという。それほどロシア人がジョークに秀でているとは知らなかった。それもそのはずアネクドート(小話)という言葉は英語かと思っていたらもともとロシア語なんだとか(さらにたどればギリシア語らしいが)。ジョークの本場なのだ。

 もともとアネクドートが好きなところに、暗い世相が拍車をかけた。《革命、内戦、粛正、大戦、社会主義の建設と破綻という二十世紀の壮大な悲喜劇の中で、彼らはアネクドートによって指導者を批判し、欲求不満を解消してきた。》ロシア人の旺盛かつ健全な批判精神が、地下を駆けめぐったのだ。アネクドートはソ連を崩壊に追い込む陰の原動力になったとまで名越はいう。

●ロシア篇

   《ロシアの監獄で囚人たちが話し合っていた。
「わしはフルシチョフの時も、ブレジネフの時も投獄された。エリツィンとゴルバチョフの時は無事だったが、プーチンになってまたぶち込まれた」
「あんたは暗黒街の顔役なのか」
「わしはアネクドートを作っただけだ。暗黒街の顔役は皆、政権に入っている」》
 国家体制を崩壊させる力を持っているだけに、権力者も警戒しているのだ。

 少年時代、スパイを称える愛国映画に感動し、自らKGB就職を申し出たというプーチン大統領には、《十六年務めたKGBの手法や発想は染み付いており、独特の密室政治や秘密主義が権威を高めている。》

 だからといってロシア社会が暗いのはプーチンばかりのせいではないとわたしは思う。2000年8月バレンツ海でロシアの原子力潜水艦が沈没し、乗員が全員死亡したときのことは忘れられない。テレビが政府の事故説明会の様子を映していた。猛烈に抗議する乗員の母親の背後にひとりの女性が――また冷たい顔してるんだこれが――近づくと同時に、恰幅のいい母親はその場にくずおれた。麻酔を打たれたのだ。プーチンが黙らせたというよりそれがロシア社会の常識のようだ。クスリの効き目の早さも不気味だ。北朝鮮の工作員もKGBで研修を受ければ、日本人を拉致するときぶん殴って麻袋に押し込むなんていう乱暴な方法をとらなくてすんだろうに。

 《米大統領選が大接戦となり、またしても集計作業が混乱した。
 収拾がつかない中、選挙監視団員として招かれたロシア中央選管委員長が発言した。
「当選したのは、プーチン大統領だ」》
 ブッシュ対ゴアの大統領選を指しているのだろう。後進国ではよくあることだ。その点日本は集計作業でもめることなんかない。集計作業がはじまる前に「当選確実」が出てしまう。

 《大金持ちになった新ロシア人が農村に住む年老いた母親をモスクワに招待した。
 新ロシア人は市内の高級コンドミニアム、郊外の温水プール付き別荘、経営するカジノに母親を案内した。
 母親は深いため息をついて言った。
「こんなブルジョア生活をして、赤軍がやって来たらどうするんだい」》

 そして白眉はつぎのアネクドート。
 《プーチン大統領がモスクワの学校を訪れ、授業を視察した。すると、生徒のイワンが大統領に質問した。
「大統領、二つ質問があります。一つは、ベスランの学校占拠事件で治安部隊に突入を命じたのは誰ですか? 二つ目は、チェチェン戦争のきっかけとなった九九年のアパート爆破事件は誰の犯行ですか?」
 プーチン大統領が答えにたじたじとなっていると、突然、終業ベルが鳴った。
 再び始業ベルが鳴り、大統領が教室に入ると、今度はミーシャが質問した。
「大統領、四つ質問があります。一つは、治安部隊に突入を命じたのは誰ですか? 二つ目は、アパート爆破事件の犯人は誰ですか? 三つ目は、終業ベルがなぜいつもより早く鳴ったのですか? 四つ目は、イワンはどこへ連れて行かれたのですか?」》
 慄然とする。

●アジア篇

 《金総書記が核実験実施後、側近を集めて言った。
「これでわが国は安全だ。ブッシュは大量破壊兵器のない国しか攻撃しない」》
 いまは解説の必要などないが、数年後はどうか。ジョークにかぎらず文芸でも、政治・経済・法律、あるいは音楽・絵画に至るまであらゆる表現は時代が過ぎるとともに意味がわからなくなる。

 《韓国政界には「困ったときの日本叩き」という格言がある。内政で危機に直面すると、日本を攻撃し、目先を変えて危機を突破する独特の手法である。李承晩以来の歴代大統領にこの傾向が見られたが、盧武鉉大統領の反日は執拗かつ集中的であり、他の大統領とは異質だった。》それは中国も同じで、
 《男が帰宅すると、自宅が荒らされ、子供が連れ去られていた。
 男が米国人なら、警察に届け、子供の無事を神に祈る。
 男が日本人なら、警察に届け、子供の行方を捜す。
 男が中国人なら、警察に届け、謝罪と補償を求めて日本大使館に押しかける。》

 《小泉首相が「今年は靖国神社に参拝しない」と表明した。
 すると、中韓両国首脳から首相官邸に極秘メッセージが届けられた。
「やはり参拝してほしい」》

 《五輪の法則――
 一九三六年 ベルリン五輪
 一九四五年 ナチスドイツ崩壊
 一九八〇年 モスクワ五輪
 一九九一年 ソ連邦崩壊
 二〇〇八年 北京五輪
 二〇××年 中華人民共和国崩壊》
 10年後か……。

●欧米篇

 《ヒラリー夫人は回想録で、クリントン氏とはエール大の図書館で初めて会ったと告白した。
 これを知ったブッシュ大統領が捏造の可能性を指摘した。
「わたしもエール大にいたが、図書館など見たこともない」》
 ジョークの世界ではブッシュといったら本を読まない、アタマ悪いということになっているが、それはほんとうのようだ。エール大でブッシュを教えたという日本人教授がラジオで「できない子でねえ」と苦笑していた。

 《ブッシュ大統領の記者会見で、記者団が質問した。
「それで、大量破壊兵器が存在する証拠はあるのですか」
「もちろんだ。米国の企業に領収書が残っている」》
 結局イラクに大量破壊兵器は存在しないという結論になったが、アメリカはイラン・イラク戦争のとき、イラクに加勢して大量破壊兵器を渡したはず。ビンラディンだってソ連のアフガニスタン侵攻の際アメリカが軍事訓練した。「敵の敵は味方」などという単純なことわざに頼るからいずれしっぺ返しを食うのだ。

 《記者会見で記者団がブレア首相に質問した。
「イラクが提出した大量破壊兵器の申告書をどう思いますか?」
 首相はあわてて側近を呼び、小声で尋ねた。
「ブッシュ大統領はそれについてどうコメントしていたか」》
 ブレアもやはり在職中は「ブッシュの愛犬」と揶揄されていたそうだ。サマワに自衛隊が派遣されていたころ日本人は自国を「アメリカのポチ」と呼んでいた。

 《チャールズ皇太子のロイヤルジョークは定評がある。来日時に行った国会演説では冒頭、「歴史で二番目に古い職業の代表としてお話ししたい」と前置きし、王族を売春婦に次ぐ最古の職業と自嘲したこともある。》知らなかった。マスコミはこれを報じたのだろうか。報じていたとしたら知らない自分が情けない。報じていないとすれば報じないマスコミが情けない。わが国会議員たちはどんな反応を示したのだろう。おそらくクスリとも笑わなかったにちがいない。