48(2013.1 掲載) 『ナノ・スケール生物の世界』(リチャード・ジョーンズ著、梶山あゆみ訳、河出書房新社、2010.12)原題NANO NATURE:Nature's spectacular hidden world
望遠鏡や顕微鏡は、ふだん見なれたもののまるで違う姿を見せてくれるからたのしい。 ましてそれが走査型電子顕微鏡で撮影したナノ・スケールの生物の姿となれば、 想像の域を超える様相を呈するものになる。 電子顕微鏡というのは無限に拡大できるのだと子どものころ聞いたことがある。 走査型と頭に付けるくらいだから昔のものより一段と優れているのだろう。 ナノは10億分の1メートル、いいかえれば100万分の1ミリだが、 本書のどこにも1ミリのものを100万倍拡大したとは書いてない。 「ナノ・スケール」は、ものすごく拡大したといったニュアンスを表現するためのキャッチフレーズかもしれない。 色合いは人工着色とのこと。 ●生物はすべて毛もの 【蝶のはねの鱗粉】(写真は本文から引用、以下同)
イヌやネコのように見るからに毛むくじゃらのものでなくても、 あらゆる生物は毛むくじゃらなものだということが、本書を一覧するとわかる。 チョウやガの鱗粉は、もともと体毛が変化したものだとか。 よく見ると鱗粉には、細かい溝が平行に走っており、それが光を屈折させて7色に分解するため、 きらきらとした金属的な輝きが生まれるのだという。
【ハエの脚先の粘毛】
ハエはなぜ天井やツルツルのガラス面にとまれるのか、むかしから謎だった。 それが最近脚の先端にこのような粘毛が何百本も付いているからだとわかった。 粘毛の先端には平たい吸盤が付いている。 《落ちないようにしている力は摩擦力ではなく、表面張力に似た分子間の引力である。 浴室の天井から水滴が落ちてこないのと似ている。》 分子間の引力でくっついているとは、よくわからないけどすごい。 ただし、ヤモリのように液体がかかわらない「ファンデルワース力」も働いている可能性もあるとのこと。 ヤモリめ、やるな。なんのことだかわからないけど。
【羽毛の構造】
《1本の羽毛には羽軸(ウジク)と呼ばれる軸が中心に通り、そこから羽枝(ウシ)が平行に枝分かれしている。 羽枝はさらに枝分かれして小羽枝となる。》 小羽枝はマジックテープのように2種類あり、すなわちいっぽうは先端がカギ状に曲がっており、 もういっぽうは溝が刻まれている。 《羽毛が板状の構造としてまとまりを保っていられるのは、この小羽枝同士が噛み合っているからだ。》 われわれの飛行機は金属の板を溶接やねじ止めでガチガチに固めたものだが、 鳥はこんなマジックテープ構造でエベレストを越えるのだ。 人類の歴史は多めに見ても数百万年。ほかの動植物には数億年の歴史がある。 300万円と3億円をくらべれば、どちらがエライかわかりやすい。
【柱頭に着いた花粉】
ニチニチソウのめしべが花粉をはさみこんだところ。 《昆虫が運んできた花粉が確実に載るように、柱頭はさまざまな形態に進化した。 粘液を分泌して、受精が完了するまで花粉を付着させておくものもある。 あるいはこの写真のニチニチソウのように、柱頭全体に乳頭突起を発達させて、花粉粒子を挟み込むものもある。》 で、このかん花粉は何をしているかといえば、 めしべの根元にある胚珠(動物でいう卵子)に根のような管を伸ばして遺伝情報を送り届けているのだとか。 ひとが見ていないところで、そんな秘めやかな交合をおこなっているのだ。
【クラリセージの精油分泌線】
クラリセージ(別名オニサルビア)は、古くから強壮作用や鎮静作用を珍重される香草 。《短い茎の上に白っぽい球体が載った構造は、単純な毛から進化したものである。 先端の球体は特殊な腺で、芳香のある精油を分泌する。》 葉をかじるイモムシにとってはまずいもののようだ。
【ハリネズミノミ】
本写真集は、拡大写真と超拡大写真を組で掲載している。 ここまでは超拡大のほうを引用してきたが、ここではノミの不気味さを強調するため拡大写真を採用した。 なにがヤラシイといって、ノミは《体が非常に扁平なうえ、頭部、胸部、 および腹部の各体節が後ろ向きのトゲで覆われているのだ。 これにより前進が容易になり、後ろ向きに払いのけるのけるのが難しくなる。》 ナノ・スケールで撮されたほうのヘアピン状に曲がったかぎ爪は、宿主の体毛をつかむためのものだが、 まるでコマツの重機のような頑丈さを思わせる形状が青白い金属的な彩色をほどこされ、一段と不気味だ。
【ミツバチのペニス】
これがミツバチのペニスだといわれても、もうすこしまわりも撮してもらわなければ、 どこがどうなっているのかわからない。 中央のやや皮かむり的なものがペニスで、両脇の角状のものが陰嚢だろうか。 著者はペニスと陰嚢をひっくるめて交尾器という意味でペニスと呼んでいるのかもしれない。 ミツバチの世界では家事も育児も戦争もすべてメスの仕事だ。 オスが活躍するのは唯一、女王蜂が分封のため飛び立ったとき空中で交尾することだけ。 射精と同時にオスの交尾器は取れて女王蜂の貯精嚢に若干の精子がのこる。 つぎに挑むオスは前任者の交尾器をほじくり出して自分の交尾器を残す。 《数回の交尾で女王バチの貯精嚢には十分な精子が蓄えられ、あとはその精子を使って死ぬまで産卵を続ける。》 ……だとするとわたしが陰嚢ではないかと見たものは、じつは前任者の交尾器をほじくり出すための器官かもしれない。
◆S氏(60代男性)
写真集の写真掲載だと、著作権に注意が必要だね。いまは、 |