49(2013.2 掲載)

 『極短小説』(スティーブ・モス、ジョン・M・ダニエル編、浅倉久志選訳、新潮文庫、2004.4)

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●原書と見くらべる

 わずか55語以内の小説を公募、入選作をまとめて本にしたもの。いまでも募集しているらしい。  本書はThe World's Shortest StoriesとThe World's Shortest Stories of Love and Death(ともにRunning Press)2点からの抄訳であるとのこと。  気に入った7作品を抜き書きし、さらに原文も付した。  ほとんどの作品を後者の原書に見つけることができたが最後の2篇は見つからなかった。

◆「冒険グルメ」ドロレス・ラウプ
 《大富豪のウィゲルズワース夫人は、警察本部長を讃える晩餐会をひらくことになり、  レストラン〈冒険グルメ〉の経営者パット・R・ハムに、子馬の柔らかいヒレ肉の特別料理を注文した。
 しかし、定刻を過ぎても夫人の娘は姿を見せなかった。
 かならずお嬢さんを見つけます、と警察本部長は約束した。その約束は果たされた。
 ハム氏は逮捕された。
 警察本部長は消化不良を起こした。
 ウィゲルズワース夫人は菜食主義者になった。》

     Gourmet Comestibles
 Wealthy Mrs. Wigelsworth's eyes gleamed when she ordered tender fillet of filly from Pat R. Hamm, proprietor of Gourmet Comestibles, for a dinner party honoring the police cheif.
 When her doughter didn't show up, the chief promised to find her. He did.
 Mr. Hamman was arrested.
 The chief had indigestion.
 Mrs. Wigelsworth became a vegetarian. (Dolorez Roupe)

 最後の2行で種明かしはされるが、なぜハム氏が富豪夫人の娘を殺して客に饗するのかわからない。  ひょっとしたらと思ってfillyをしらべたら、「雌の子馬」のほかに「若い娘」という意味があった。  これでなっとく(笑)

  ◆「はじまり」デイヴィッド・ディヴォス
 《また電話が鳴りだした。彼女は目をつむって、ため息をついた。
 彼女の心の一部は、相手の男がいだく不倫の幻想に仲間入りをしたがっていた。  指にはまった金の指輪をしきりにいじくりまわしながら、彼女は時計を見あげた。
 夫のボブは十一時まで帰ってこないだろう。彼女はゆっくりと受話器をとりあげた。  「これ一度っきりよ」と彼女は男にいった。「もう、あとは二度と会いませんからね」》

  The Beginning
 The phone rang again. She closed her eyes and sighed.
 Part of her wanted to give in to his adulterous fantasy.  She twisted the gold ring on her finger and looked at the clock.  Bob wouldn't be home until eleven. She slowly picked up the receiver.
 “Once,”she said to him. “But never again.” (David de Vos)

 ストーリーだけ読んだのでは、なぜこれが入選するのか不思議なほど凡庸な内容だが、タイトルを見返してなっとく(笑)。  わずか55語の小説だから、タイトルも十分に働かせる必要がある。

  ◆「公式発表」デイヴィッド・リチャーズ
 《暴走をはじめたテロリストたちが、世界の油田に放火したのをきっかけに、北半球は“核の冬”効果に見舞われた。
 工業と、農業と輸送がマヒ状態に陥った。予測――人間の需要に見あうほど馬の頭数がふえるまでには、五十年を要する。  金の価格は一オンス二ドル。干し草の価格は一俵百ドル。
 合衆国は、干し草生産国を侵略する意図をつとめて否定している。
 「単なる通常の軍事行動」とホワイトハウスはいう。》

    Communique
 Uncontrolled terrorists burning the world's oil fields are producing “nuclear winter”efects in Nothern Hemisphere.
 Industry, agriculture, transport, failing. Prediction: 50 years until horse stock able to serve human needs. Gold, $2 an ounce. Hey passes $100 a bale.
 U.S. denies plans to invade hey-producing nations.
 “Just routine military maneuvers,”says White House. (David Richards)

 「核の冬効果」は、核爆発や大規模な爆発などで粉塵が地球をおおい、日光がさえぎられること。  原書の発行は1988年だが当時の金は1オンス400ドルほどだった。  金1オンス2ドル、干し草1俵100ドルは、いうまでもなく価値の逆転をあらわしている。  アメリカにも健全な判断力を持ったひとがいると感じさせるオチだ。  わたしはサイモン&ガーファンクルの「7時のニュース」という作品を思い出した。

◆「戦場の呼び声」ロン・バスト
 《ジョン・トマス伍長はぬかるみの中で身をすくめた。まわりでは、およそ非現実的な暴力が荒れくるっていた。  それは彼が生まれてはじめて経験する現実の戦争だった。
 「ジョニー!」母親の声がこだまのように戦闘の大音響の中から聞こえた。「ごはんですよ!」
 目に涙を浮かべながら、トマス伍長はM16ライフルを投げすて、声のする方角へ走りだした。
 機関銃の発射音がひとしきり鳴りひびいたかと思うと、やがて静寂がもどった。》

    War Game
 Corporal Jhon Thomas cowered in the mud as the unreal violence of his first combat exploded around him.
 “Johnny!”His mother's voice echoed above the sound of battle. “It's time for dinner!”
 Tears in his eyes, Corporal Thomas dropped his M-16 and ran toward the voice.
 A machine gun chattered briefly, then fell silent.

 母親の声が聞こえた段階で、ひょっとしたら子どもの戦争ごっこだったのかと一瞬期待させ、 最後の1行で読者を悲惨な現実に突き落とすどんでん返しはみごとなものだ。 おそらくベトナム戦争以降のアメリカではこのような作品がさかんにえがかれたのだろう。 『「ネルソンさん、あなたは人を殺しましたか?」――ベトナム帰還兵が語る「ほんとうの戦争」――』 (アレン・ネルソン、講談社文庫)に描かれた戦闘場面を思い出した。アンブローズ・ビアスの衣鉢を継ぐものかもしれない。

◆「新しいメード」エミリー・ティルトン
 《「夕方六時きっかりに食事をはじめる習慣です」新しく雇われたメードはそう教えられた。「それと牛肉はぜったい禁物。デザートは自分の部屋で召しあがります。風呂は八時。夜の就寝は早いほうね」
 「で、だんなさまにはいつお会いできるんですか?」メードはそうたずねながら、うしろにさがろうとして、眠っているプードルに足をすくわれた。
 「いまあなたの前にいるのが、そのだんなさまよ」とハウスキーパーが笑いながら教えた。》

Maid to Serve
 “He likes dinner at six sharp,”she cautioned the new maid.“And absolutely no beef. He takes dessert in the den. Draw his bath at eight, he retires early.”
 “And when will I get to meet the master?”the maid asked as she stumbled backward over a sleeping poodle.
 “You just did,”laughed the housekeeper. (Emily Tilton)

 「メード」と「ハウスキーパー」を翻訳しなかったのはなぜだろう。わたしは女中と女中頭でいいと思う。日本で家政婦と訳されたハウスキーパーは、メイドたちを統括して家政全般を差配する者のこと。訳者は、女中という語が差別用語とみなされることを恐れたにちがいない。わが国では女中ももとは身分の高い存在であったのが、しだいに下女のようにみなされるようになったのでお手伝いさんと名を変え、それもぐあいがわるいということになり家政婦と名称を変更してきた。ところが家政婦もまた差別用語になりつつある。
 まだ介護保険制度もヘルパーも存在しなかったころ、わが家にはたくさんの看護婦・家政婦・ボランティア・有償ボランティア等々がいれかわりたちかわり出入りしていた。とても暗記できないのでスケジュール表をつくって壁に貼っていたところ、ある女性に「わたしは家政婦なんですか」と怒気をもって抗議された。そのひとは「看護婦家政婦紹介所」から来ていたのだが。いまでは「介護事業所のヘルパー」ということになっている。ヘルパーはお手伝いさんという意味なのにいいのかね。翻訳して意味をはっきりさせればいいというものではないのだ世の中は。

◆「遺言」ロブ・オースティン
 《自殺者の遺書は簡潔だった。
 わたしの友、わたしの恋人、わたしの妻へ。
 どうか自分を責めないでくれ。

 だれも自分を責めなかった。》

◆「千里眼」シェリル・L・レフラー
 《「森の中にいますよ。無事で」
 彼女はその地点をはっきりと教えた。
 「ありがとうございます!」感きわまった両親は、部屋から飛びだそうとした。父親が足をとめた。
 「小切手をこのテーブルの上においていきます」
 霊能者はうなずいた。「はいはい。それより、一刻も早くお子さんのところへ!」
 父親は出ていった。べつのドアがひらいた。
 「つぎはなにを?」と声がたずねた。
 「べつの子供をさらいなさい」と霊能者は指図した。》

●55語の小説の公式ルール

 〈55語の小説〉はかならず「愛と死」をテーマにしなければならない。そのほかにいくつかのルールがある。
 @背景 すべての物語はどこかで起こらなくてはならない。心の中でも宇宙でもいい。
 A単数または複数のキャラクター キャラクターは人間でも動物でも岩でもいい。
 B葛藤 物語の流れの中でなにかが起こらなくてはいけない。
 C結末 かならずだれかが何かを発見しなくてはならない。発見するのはキャラクターでなく読者でもいい。
 D詩や随筆は対象外。ジョークもお呼びでない。
 応募作品は、入選したばあいを考えて住所氏名電話番号を添えたうえで、Fifty-Five Fiction, Dept.55, 505 Higuera st., San Lui Obisupo, CA93401 まで。