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 『生きる悪知恵―正しくないけど役に立つ60のヒント―  (西原理恵子、文春新書、2012.7)

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●借金1億4千万円の迫力

 内容形式ともじつによくできた人生相談本。仕事編・家庭編・男と女編・性格編・トラブル編で構成され、特に感心するのは、 一つ一つの相談にていねいに答えたあとに西原直筆の筆文字1行がまるでご託宣のように加えられていることだ。 相談の小見出しとご託宣を読むだけで、おおよそのやりとりはわかる。 たとえば「中2の娘がまだ父親とお風呂に入っているのですが……。」に対するご託宣は 「毛が生えれば自然と入らなくなるから大丈夫。」というもの。店頭効果をねらっているのだろう。

 仕事編最初の相談者には「70社受けてもダメ。出口の見えない就活に疲れ果てました。」という小見出しが付けられ、 それに対するご託宣は「正面から入れないなら、横入りすればよし。」

 回答は、書いたものなのか口述なのか区別がつかないほどくだけた口調で、ふざけたもののように見えて、 ひざをたたきたくなるほど人生の機微に富んでいる。 《あなたはきっと、すごい“いい会社”ばっかり受けてるんじゃないのかな。 「一流と呼ばれる大学」って言ったって、世の中にはもっと一流の大学があってさ、 東大だけで毎年3000人卒業してて、早稲田や慶応もいて、それに海外帰国組の英語や何やらペラペラの人たちがいて、 あと親のコネ組なんかもいるでしょう。そういう人たちが全部いいとこの就職先を取っちゃうから、 “ちょっといい大学”ぐらいじゃ無理だよね。/だって、たとえば小学館とか講談社なんか、 早稲田の人ばっかり受けに来るんだよ。それで、たぶん1000人に1人とかしか受からないって、精子かっつーの! (中略)上から受けてたら、それはダメだよね。私だったら下から攻める。 “明日のおまんま”のほうが大事だから。》じぶんなんか画家を志して上京したが、食えなくてまずはエロ漫画で糊口をしのぎ、 しかるのちに本格漫画の世界に入っていった。これすなわち「横入り」。 横入りで入ったって文藝春秋漫画賞・手塚治虫文化賞短編賞などを受賞しているのだ。

 各編の最後は重松清・角田光代といった有名作家からのおあそび相談で締めくくられている。 たとえば仕事編の最終ページには「綾辻行人さん(51歳・男・小説家)」からの 「作家生活も24年めに入りどうもこのところ創作意欲が低下気味。西原さんは昔と変わらぬ貪欲な創作活動をつづけているが、 モチベーション維持の秘訣を教えてください」という相談があり、それに対するこたえは、 目のまわりを隈でまっ黒にして髪ふりみだした西原の自画像。その上に「借金があること(一億四千万円)」と大書されている。 おかしいのなんのって。

●正しくて役に立つ回答ばかり

 「生きる悪知恵」というわりにまっとうな知恵が多く、あまり「悪」が感じられない。 「小6の娘が好きな男の子の家に入りびたりで心配です。」男の子の両親は共働きで、3時間ほどふたりきりになる。 この相談に対してはすかさず《これはダメです。ヤリマン階段上がってます。 /いや、べつに男女間でどうこうじゃなくても、親のいない家に子供がいるっていうのは、火遊びで家事になったりとか、 いろんな事故があるんで危険。あと、大人がいない家に上がりこむのは泥棒のすること、って私は教わりました。》 「娘に注意すると逆ギレされる」って、子どもがキレたら倍返しで親がキレまくって、 はり倒してボコボコにしてでも連れ帰るのが高地流だ。結論「大人のいない家に上がらせるべからず」と至極まっとうな回答が多い。

 唯一悪らしいのは、「ウソも方便」といって罪のないウソをついて苦境をきりぬけろと教えることぐらいか。 上司に毎晩飲みにさそわれて困っている相談者には、「ガンマGTPが200越えちゃってドクターストップがかかってるんです」とか 「毎晩帰りが遅いのに怒って、嫁が実家に帰ってしまいました」と言えばいいとアドバイス。

●目からウロコの結婚観

 自分は失業後なかなか仕事が見つからず、一方、ハケンだった妻が正社員に。 「あなたは主夫をやって」といわれ……。やはり主夫という立場には男として抵抗があります。 ――という相談には、開口一番《何を悩んでいるのか、意味がわかりません。 「ふざけるな!」と言いたいぐらい。》どちらかが失業したり病気になったりしたときにもう一人が支えるのが結婚というシステム。 文句をいわずに家事をしながら、また万が一妻が失業したときにそなえて職を探せ。 《やっぱり夫婦はどちらも働いていないと絶対ダメ。どちらかに頼りきりというのは、すごく無謀で危険なことだと思う。》 と現代の世相に応じた的確な助言をあたえる。

 団塊世代、すなわち「亭主が妻子を養う」という思想をひきずっている世代のわたしは、 この結婚論に目からウロコが落ちる思いがした。女房のほうも、短時間のパートなんかで甘んじてはいけない。 亭主と同等の稼ぎをあげる覚悟で働くべきなのだ。結論。《働く嫁ほどこの世でありがたいものはなし。》

 「全社員TOEIC500点以上」を義務づけられた英語嫌いの会社員に向けられた回答は、豪放磊落、とても愉快だ。 《とりあえず外国人の彼女を作りましょう。それが一番の近道です。》わけてもフィリピーナがいいという。 英語とスペイン語とタガログ語がしゃべれるし、英語が母国語じゃないひとどうしでしゃべるとき 一番わかりやすいのがフィリピン人なのだそうだ。

 《だから、とにかくまずフィリピン・パブに行きましょう。そこで彼女を作りましょう。 (中略)ハマったらハマったで、いい人生じゃないですか。南の島で可愛い子どもとたくさんの親戚ができて。 気がついたら英語ペラペラよ。もう、向こうで会社興しちゃいましょう。》柔軟な発想が頼もしい。

 話はそれるが、《ロシア語覚えたいなら、ロシアン・パブに行けばいい。ただ、佐藤優さんが言ってたけど、 「若いロシア女性が1週間に求めるセックスは16回。それでもあなた、ロシア人に恋して大丈夫ですか」って。 それはちょっときついよね(笑)。》ちなみに2010年のロシア人男性の平均寿命は63歳。 ウォッカの飲み過ぎだと思っていたがそれだけではなさそうだ。プーちゃん、だいじょうぶかなあ。 柔道と新体操のデスマッチは、北方領土返還を果たしたあとにしてほしい。

●肉食系オバハンの提言「3チンポ持て」

 「妻子ある人との関係をやめるべきか続けるべきか。」(30歳・女・自由業) これに対する回答はまさに肉食系。年齢からいって子どもが欲しいんなら相手を変えなければならないが、 そうでなければいまのままでかまわない。《不倫とかそういうの、私は全然屁とも思わないので。 生きてるうちに何人かは好きになるじゃないですか。その気持ちを無理に抑えつけることはないと思う。 でも、あなたの場合、次を見つける努力はしたほうがいいですね。 スペアっていうかバックアップはとっておいたほうがいいですから。 /私の周りの“もののふ”の女たちは「3チンポ持て」と言ってます。 「いいですか、1チンポではいけません。それがなくなったらどうするんですか」 「必ず2本はバックアップを持っておくように」って。泳がせておいてもいい。年に1回くわえるだけでもいいんです。 必ずバックアップを持っておいてください。》……ということは、西原も高須クリニックのほかに2チンポ確保しているのだろう。

●年寄りはそのうち死ぬんだから

 「震災や原発のことを考えると無力感で落ち込みます。」(30歳・男・フリーター)は、 「今も大変な思いをしている被災地の方々や、放射能を出し続けている原発のことを考えると、 自分の無力さに落ち込みます。最近は震災関連のニュースを見るのも嫌になってきて、そんな自分がまた嫌になります。 今からでもボランティアに行けば、少しは気持ちが吹っ切れるでしょうか?  それとも、そんな動機では行かないほうがいいでしょうか?」と悩みを寄せる。

 西原はいきなり突き放す。《甘えるな、自分で調べろ、自分で決めろ。 /はい、この人に言いたいことはそれだけです。》 《私が今、お金を出しているのは毎日新聞の希望奨学金というところで、 震災で保護者を亡くした子供たちが高校生から大学生までの間、毎月2万円の奨学金を出すんです。 親が亡くなったり失業したりしてるときに、その2万円がどれだけありがたいか。 私も母子家庭の奨学金をもらってたんですけど、本当に助かりました。 中学まではいいんですけど、経済的事情で高校、大学をあきらめる子がいる。 それは何としてもなくしたいことなので。/やっぱりなによりもお金をかけなきゃいけないのは、 子供の教育だと思うんです。年寄りはそのうち死ぬんだから、おなじお金をかけるなら子供にかけなきゃダメでしょう。 年寄りは票を持ってるからっていうんで、介護バスは通っててもスクールバスは通ってないとか、そういう矛盾が悲しい。》 年寄りは投票に行くから票になるが、若者は票にならない。いきおい年寄り優遇の政策になる。 長いあいだ選挙をさぼってきた若者に今ツケが回ってきているという一面も見のがせない。

●原発を売り歩く死の商人

 西原のつぎの提案はじつに貴重なものだ。 《震災後、よく「被災者の方を励ますひとことを」ってインタビューが来たんだけど、そんなの何も言えませんよ。 家も仕事も子供も全部持ってる私が、全部なくした人に何を言えるのか。ふざけるな、と思って。 それでテレビの人に言ったんですけど、世界には戦争や災害ですべてをなくした経験のある人が大勢いる。 そこからどうやって立ち上がってきたのかという話を取材してきてもらえませんか、と。 今、聞きたいのはそういう話だと思うんです。同じような体験をした人が、どうやって立ち上がって歩いてきたのか。 その言葉はきっと宝石のようにきれいで太陽のように暖かくて力強いと思う。》

 さまざまな思いが駆けめぐって、わたしはまとまりがつかないほどだ。 うちに来てもらっている鍼灸師の女性は、社事大を出たあと若いころから東南アジアやインドなどの難民キャンプ あるいはスラム街を巡ってきたひとで、話題が豊富で愉快なのだが、長年極貧生活を送っているせいか、 日本の生ぬるい現状に我慢ができず、いつも怒っている。 友人から息子が不登校になってしまったんだけどどうしたらいいかしらと悩みを打ち明けられたとき、 インドのスラム街にほうりこめと答えたそうだ。そうすれば不登校だのニートなどというものはたちどころに解決すると。 ちなみにインドのマザーテレサの家で働いていたときの日課は、毎朝ゴミ捨て場へ行き、 ゴミ山のなかからまだ息のある障害者や老人を引きずり出して担架に乗せテレサのところへ運ぶことだったそうだ。

 借金が1億4000万もあるのに毎月2万円寄付している。なかなかできないことだが それを公表するのも勇気のいることだ。世間はどうしても「陰徳」を要求し、口さがないことをいう。 わたしも及ばずながらすこしでも被災地に貢献したいと思い、個人向け復興国債なるものを100万円購入した。 こちらは寄付とちがって数年後には利息が付いて返ってくるものだから、偉くもなんともない。

 ところで藤川家には「国債と株には手を出してはならぬ」という家訓がある。 おそらく戦時国債が紙屑になったときに定められたものだろう。 被災地の惨状をテレビで見て何かせずにいられなかったわたしは、あえて禁を犯したのだが、 1年もたたないうちにご先祖様の慧眼のまえにうなだれることになった。 復興国債を発行した民主党政権は、その金で沖縄の道路をなおしてやがんの。国民は民主党にあいそをつかした。 2012年総選挙であとを襲った自民党は、選挙期間中はモゴモゴ曖昧なことをいっていたが、 政権を獲得するとすぐさま原発再稼働に向けて動きだした。 あまつさえ安倍首相みずから「トップセールスマン」と称して途上国に原発を売りに歩いた。 「フクシマの教訓」をいかした世界最高水準の原発だと。 せめて東京電力福島第一原子力発電所をキレイにしてからにしたらどうだ。 原発を売って金が儲かっても、世界の尊敬を失うことになるのではないか。

 ◆S氏(60代男性) 今号の、「高地流」という言葉だけれど、 あの書評からだけでは意味がわからない。 この本を読めばわかるのかしら。