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 『地熱が日本を救う』 (真山仁、角川oneテーマ21、2013.3)

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 そこで地熱だ。真山は2006年『マグマ』を上梓、小説ではあるがこの作品は《地熱発電の仕組みや歴史、問題点、課題、 そして未来への可能性などについては、可能な限り事実に則っている。》 さあこの問題作がきっかけになってエネルギー革命が来るかもしれないとすらおもったという。 が、真山の思入れにもかかわらず反響は小さかった。それでもめげず「いつか必ず地熱が必要なときが来る」と信じて、 手弁当でも講演に出かけた。

 そこへ東日本大震災が来た。原発が稼働できないなら地熱発電しかない。 《これまで“日陰者”扱いされてきた地熱発電に、光が当たるにちがいない――。そう確信した。》 ところが時の首相菅直人は、太陽光と風力を原発の代替にするといいだした。政府もメディアも電力の本質を理解していなかった。 浅薄な意見ばかりがまかり通る。

 ようやく地熱発電に目が向けられたと思ったら、こんどはまたぞろ、地熱はほんとうに実現可能か、地熱は自然を破壊する、 地熱は温泉を枯渇させる……偏見のような意見を耳にするようになった。 そこで地熱発電を知るためのガイドブックを書こうと決意したという。

●地熱発電の長所

 真山もやはり各発電方法の長所短所を概観する。太陽光発電はクリーンエネルギーだが、 パネルを生産する過程でCO2を大量に発生するし、太陽光が少ない日本では設備利用率は12〜15%(地熱は70〜90%)。 《事業としての電力供給を考えると、太陽光発電が工場や大都市圏などの電力需要に安定的に対応するためには、 蓄電技術の画期的な進歩が必要だと言われている。》ところでわたしがなじみの電器屋に「停電対策として蓄電池を導入したい」 と相談したところ、画期的蓄電池はまだないのでもうすこし待ったほうがいいといわれた。

 真山もまた、日本のエネルギー自給率は4%に過ぎないという現状に対して、 《だが、我々の足下には地熱というエネルギー資源が眠っていたのだ。/ “地震大国ニッポン”は、火山大国でもあり、活火山帯には地熱発電に適した場所が点在している。 /2010年度の環境省による再生可能エネルギー導入ポテンシャル調査では、日本における地熱の理論的埋蔵量は、 約33GW(ギガワット)(3300万kW)と試算された。これは、100万kW級の原発33基分に及ぶ。》という。 前掲の早稲田は「日本の地熱発電、温泉発電に使える地熱エネルギーは二三四七万kW分あると推計されており、 現在のところもっとも有望な新エネルギーといってよいだろう。」と述べていた。 若干数字に差があるとはいえ、とにかく両者とも莫大なポテンシャルであることを認める点では共通している。

 現在日本の総発電量に占める地熱の割合は0.3%に過ぎない。アメリカの環境学者レスター・ブラウン博士は、 2008年の講演のなかで、「地熱で国内電力の半分、いや全部をまかなえるかもしれない」と述べたそうだ。 要するに政府が原発でやっていこうと決めたら、ほかのエネルギー開発にはカネもヒトも投入されず、 原子力村の利権構造が確立してしまうのだ。

●温泉旅館の心配

 《地熱発電所は、山の中に建設することがほとんどで、危険物も取り扱わない。周辺住民への悪影響は小さく、 地元住民の反対も、他の発電所よりも少ないくらいだ。》しかし温泉組合は必ずといっていいほど強硬に反対する。 地熱発電所が地下の熱水を利用すれば、いずれ温泉が涸れてしまうのではないか、 観光地としての景観が損なわれるのではないかという声が根強い。

 しかし地熱発電に利用する熱水だまりは、温泉が湧く地層よりかなり深い地下1000m〜3000mにある。 《過去に、地熱開発が温泉を涸らしたり、環境に著しい悪影響を与えた被害が明らかになった例は、国内に一つもない。 (中略)近年では、地熱発電所で利用した熱水を温泉に回すなど、地域との連携を強めることに成功している例もある。》 その最たるものがアイスランドの「ブルーラグーン」ではなかろうか。 スパルツエンギ地熱発電所の発電に使われた熱水を貯めてつくられた屋外スパ「ブルーラグーン」は 5000平方メートルというとてつもない広さで欧州各地から年間40万人の観光客を集めている。

 アイスランドは総電力の3割が地熱、7割が水力。《実をいうとアイスランドの総発電量のうち、 国民が使う電力は3割に過ぎない。先に開発されていた水力発電で十分まかなえる。なのにあえて地熱発電を開発しているのはなぜか。 それは安くて豊富な電力を利用して、海外から工場を誘致するという経済政策のためだ。》 これでリーマン・ショックを乗り越えたという。あのときのことはわたしも忘れられない。 金融立国をめざしていたアイスランドはリーマン・ショックで破綻寸前というニュースを聞いた。 これからどうなるのだろうかとニュースに耳をこらしていたが、いつのまにかその話題は消えてしまった。 豊富な電力で乗り切ったのだ。

 あの国は北極海に囲まれ、一木一草はえないところなので、家具から食料からほとんどを輸入にたよっており、 もちろん地熱発電に必要な巨大タービンも輸入品で、それらが三菱重工や東芝など日本製であることはもっと強調されてしかるべきだ。

●身の丈にあった発電

 《フィリピンやインドネシアに限らず、地熱発電に本腰を入れだしている国は少なくない。/ なぜなら、原発や大型火力発電所の建設には巨額の建設費用が必要だし、原発を稼働するためには運転員育成の高度な教育も必要だ。 その上、燃料を海外から調達するとなれば費用がかさむ。(中略)日本人は、 必要なだけ大規模な発電所を建設したり高い建設費や燃料代を支払うのは当然だと思いがちだ。 だが、資源のない国が、外国から燃料を買って発電するのは、実はとても贅沢なことなのだ。 原発事故後、火力発電に依存した結果、燃料調達費が貿易赤字を招くような事態が起きて、我々の贅沢ぶりがようやく顕在化してきた。》

 《科学文明の進歩によって、我々はその仕組みを理解しないままに“文明の利器”を使っている。 だから思いがけない故障や事故が起きると途方に暮れてしまう。》 原発や火力発電所に行ってみると要塞のような威容に圧倒されるが、 地熱発電所はほどよい規模で周囲の風景となじんでいると真山はいう。

 《世界中どの国でも地熱発電にむいているわけではない。火山地帯に国土がある国だけが地熱を利用できる。 日本は、そんな貴重なエネルギー資源を豊富に有しているのだ。》

●地熱発電の短所

 長所だけでなく短所について触れておくのが公平というものだろう。地熱発電所建設には長い時間を要する。 地震探査や電磁調査をして地質の構造を把握しなければならない。 《掘削ポイントを定め、調査井を掘って発電の可能性を評価する。熱水だまりをうまく見つけたとしても、 その規模が小さく蒸気の噴出が弱ければ、採算が取れないと判断して本格的な掘削には至らない。》 環境アセスメントにも時間がかかり、建設の可否を判断するまでのリードタイムが他の発電とくらべて長く、 そのぶん人件費や設備投資がふえる。

 この弱点を克服するため、外資を導入してはどうかと真山は提案している。 すなわち、《地熱以外でも油田掘削などで、年間多数の事業を展開しているアメリカやオーストラリアの掘削業者を使えば、 国内業者を利用するよりも、格段に費用は下がる可能性が高い。》

 1970年代、オイルショックを契機に、地熱発電は火力発電の代替として期待され1980年以降毎年150億円が投じられ、 総額5000億円以上もの税金を費やしたのに、失敗した。おもな原因は利権だった。 《補助金を狙って政治家やゼネコンなどが絡んだ利権食いも相当数あったと聞く。 80年代後半に、大分の地熱開発を舞台にしたゼネコン準大手ともと通産官僚の疑惑事件では、 200億円以上の事業費が闇に消えたと言われている。》こんな理由で地熱発電が自滅したものだから、 のちのち「地熱発電? あんなもの役に立たないよ」といわれることになるのだ。

 しかしそれにしてもどうして奥歯に物のはさまったような表現を真山はとるのか。 事実を握っているはずだ。ゼネコン準大手も通産官僚も名前がわかっているなら暴露してしまえばいいではないか。犯罪なのだから。

●超党派の議連が緩和する国立公園の規制

 一時は衰退した地熱発電に対する熱意をふたたび呼び起こしたのは、地球温暖化対策、CO2対策だった。 日本政府はCO2削減の切り札を原発に決め、原発比率を現在の3割から5割にすると決めた。 《と同時に、CO2の排出がほぼゼロの地熱発電にも、わずかではあるが光が当てられた。 2010年には、閣議決定に基づいて環境省が国立・国定公園内での地熱開発の制限を見直すと発表した。 国立・国定公園第二種及び第三種特別地域の地底にある熱資源を採掘することを、 地域外から斜めに掘る傾斜掘削に限り認める規制緩和を行ったのだ。》斜めに掘るとは考えたものだ。

 11.3.11以降はさらに規制が緩和された。2011年9月には衆参両院超党派の地熱議連が発足し、 12月にはそれまで反目しあってきた経産省と環境省がタッグを組んだ。劇的な変化だと真山は評価する。 2012年度の予算では、地熱の調査・開発促進として150億円が計上された。 超党派の議連は、政権がかわっても活動するからいいのだそうだ。

 2011年に資源エネルギー庁が発表した「将来有望な地熱発電所の候補地」という日本地図を見ると、 ほとんど東北・北海道に集中している。東日本大震災の被災地が、災い転じて福となすよう祈りたい。

 本書の趣旨を一言で要約すれば、こうなる。《危険な原発は停止し可能な限り火力発電所も使わないという難題を克服し、 安定した電力を供給するための切り札として、地熱発電を推進することこそが、日本を救うのだ。》

 が、あいかわらず国立・国定公園の境界線にとどまり、あいかわらず温泉業者にも遠慮した内容になっているようだ。 国も温泉業者も日本の行く末に危機感が足りず、温泉と地熱発電の共存共栄をはかる発想力に欠けているようだ。

 国内最大の地熱発電所は大分県の八丁原(ハッチョウバル)発電所。標高1100メートルの阿蘇くじゅう国立公園特別地域の中にあるが、 植樹で外観をかくし景観保護をしている。3基合計の設備容量は、11.2万kW。生産井は30本あるが、従業員はいない。 運転状況は2キロ離れた大岳(オオタケ)発電所に集約して24時間監視している。《これは珍しいことではなく、 ほかの多くの地熱発電所でも同じような体制をとっている。1か所で何千人もの作業員がいる原発とは大違いだ。》

 これには多少の異論がある。原発の村は、原発の補助金や雇用で食っている。 だから原発が危険なものだとわかっていても反対できない。地熱発電所が雇用を生まないというのは、経営者にとってはいいことだが、 地元の住民にとってはおもしろくないことだろう。

 しかし、地熱発電所建設には長い時間を要するというではないか。 地震探査や電磁調査などの専門的なことはその道のプロがやらなければならないにしても、 発電所建設は専門家だけでできるものではなかろう。 現に福島原発の廃炉にたずさわっている人員は毎日3000人とも4000人ともいわれている。 そのほとんどは失礼ながら原子力のしろうとだろう。雇用を創出しないわけがないとおもうのだが……。