65(2014.6掲載)
『希望の現場 メタンハイドレート』
(青山千春、ワニブックス、2013.7)
著者(1955年生)は株式会社独立総合研究所(独研)取締役・自然科学部長。
新聞広告を見ても装丁を見ても、著者と対等の大きさで青山繁晴氏(1952年生)の名前が載っているから、
ふたりの関係や繁晴氏の本書における立場は、本を手にしなければわかりにくい。
要するにふたりは夫婦なのだが、千春は研究ひとすじの学者で、本書の内容も論文のように事実だけを提示しているので、
「これでは薄すぎて売りにくい」と見た担当編集者が繁晴に長い解説を書かせたというしだい。
●かくれた資源大国日本
11.3.11の東電福島原発事故で原発の恐ろしさを知った国民は、一気に反原発に傾き、
新エネルギーへの関心を高めた(そのわりに2012年の総選挙では原発を作りつづけてきたし、
これからも作りつづけるであろう自民党が圧勝するのだからワケのわからん国民だ)。
危機感をいだいたわたしは『徹底比較!「新エネルギー」がよくわかる本』『地熱が日本を救う』などを読み、
その結果地熱発電が最も有効な代替エネルギーだろうと感じた。しかし日本の200海里水域内に無尽蔵のメタンガスがあり、
その試掘にも成功したというニュースを聞き、これからはメタンハイドレートだ!と興奮した
(このへん門外漢だからしかたないがややミーハーの気あり)。
日本の周辺海域にどれほどの量があるか、まだ調査が始まったばかりで正確なことはわからないが、
「天然ガス国内消費量の100年分以上ある」と見込まれている。
日本も東日本大震災以前の2001年から太平洋側のメタンハイドレートには目を付けており、
官民学共同のメタンハイドレート資源開発研究コンソーシアム(MH21)を組織し、
2018年まで毎年50億円の調査費を注ぎこむという研究計画ができあがっていた。
だから千春が日本海側のほうが圧倒的に採掘しやすく、ぶくぶくメタンガスが吹き出しているのを魚群探知機という簡単な方法で
発見してしまったからといって、もう日本海側に舵を切ることはできない。
太平洋の研究開発でメシを食ってきた学者・官僚・政治家はおのれの既得権益が失われるのを恐れて、
いち民間会社(独研)の研究だからということで無視し、あまつさえ妨害をしてきた。
そのいきさつをつぶさに見てきた愛妻家の夫は悲憤慷慨、事の内幕を長い長い解説で暴露した。というのが本書のあらまし。
●メタンハイドレートとはなにか
メタンハイドレートは世界中に分布しているが、特に日本海沿岸に多い。
日本海側ではメタンハイドレートの結晶が海底のうえに露出している。すなわち採掘しやすい。
ハイドレートとは、「水和物」の意(ちなみにメタンプルームは、メタンハイドレートからたちのぼる煙霧のごときもの)。
メタンハイドレートは、圧力を下げるか温度を上げるかすれば水とメタンに分解する。
エネルギー資源として利用されている天然ガスの主成分はメタンガスだからそのまま都市ガスとしても使えるし、
現在の火力発電所でも使える。これを使えばいままでエネルギー輸入国だった日本が輸出国に転じることができるという。
メタンハイドレートはガスにすると170倍の体積になる。
逆にいえばガスをメタンハイドレートに固化すれば体積は170分の1になる。すなわち輸送が効率的。
メタンハイドレートの使用は地球温暖化の緩和につながると繁晴はいう。
常時出ているメタンプルームは海水に溶け、海水は蒸発して雨になって地上に降る。
メタンガスの地球温暖化効果は、二酸化炭素の20倍ある。
メタンハイドレートを採って燃やしたほうが地球温暖化の抑制につながる。
シェールガスも二酸化炭素の排出が少なく、地球温暖化防止に役立つと期待されているが、
採掘のさいに使用する潤滑油の薬品が地下水を汚染するという弊害が起きている。
一方メタンハイドレートを採るときは「減圧法」といって、採取するパイプのなかの圧力を減らすだけで水とメタンガスに分離する。
環境にはほとんど負荷がかからない。だが太平洋側のメタンハイドレートは砂の中に混じっているから、砂もいっしょに吸い込む。
2013年の海上産出試験のときは、せっかく「世界で初めて」メタンハイドレートの灯がともったのに、
1週間でパイプに砂が詰まって試験中止。
千春は科学者だから「ざまあみやがれ」とはいわない。
《目詰まりしたのを好機として原因を究明すれば、さらに一歩前進するのです。
科学技術というのはそういうトライアル&エラー、試行錯誤でこそ進歩してきたのですから。》とかばう。
それでも太平洋側には588億円もの予算が付けられ、日本海側にはほとんど付かなかったと書いているから、
なんのわだかまりもないわけではなかろう。2013年には初めて11億円付いた。
「日本海連合」の設立が風を変えたという。
●日本海側のほうが有利
原発推進派は「日本は資源がないから原発に頼らざるを得ない」といいつづけてきたし、
反対派もそれをいわれると口ごもってしまうところがあった。
ところが国際社会では十数年前から日本は「隠れた資源大国」と呼ばれてきたという。
なぜか。千春が1997年に日本海でメタンハイドレートを発見したからだ。
97年、ロシアのタンカー「ナホトカ号」が島根県沖で沈没し、大量の重油流出事故を起こしたのがきっかけだった。
当時東京水産大学(現東京海洋大学)で水中音響学を研究していた千春博士は、
魚群探知機でナホトカ号からどれほどの量の重油が流出しているか調べることになった。
調査を終えて隠岐の付近を航行中、魚探に海底からロウソクの炎のような形状のものが立ちのぼっているのを発見。
《その高まりの高さを計測したら、実に約六〇〇メートルもありました。
こんなに縦に長く連なる魚群は見たことも聞いたこともありません。
そこで、同乗していた教授にこのろうそくの炎状の高まりを見てもらうと「これは下から何か出ているね。
熱水かガスではないかな」とさらっとおっしゃいました。教授は資源にはあまり興味がなかったようです。
私は小さいころから地学が大好きでしたので「これは大発見かもしれない。絶対この正体を知りたい!」と、
このときひとり、わくわくどきどきしました。/このろうそくの炎状の高まりこそが、
実は海底から浮上しているメタンハイドレートの粒の集まり、メタンプルームだったのです。》
メタンプルームがあるということは表層型メタンハイドレートがあるということ。
写真を見ると、砂のうえにまるで白い石炭のようなメタンハイドレートの白い結晶が見えかくれしている。
メタンプルームであることを確認するのに7年かかったそうだ。
2004年には新潟沖でメタンハイドレートをたくさん採取、メタンガスに火をともしている
(2013年3月、政府は地球深部探査船「ちきゅう」による調査で愛知県から三重県沖の水深1000メートル、
海底300メートルのメタンハイドレート層から天然ガスの採取に成功したが、それより9年早い)。
《参加した研究者は全員大興奮でした。多くの研究者は日本海で天然のメタンハイドレートを見たのはこれが初めてでした。》
2004年さっそく「魚群探知機でメタンプルームを探し出して、メタンハイドレートのある場所を安価に探査する」
方法(AOYAMA METHOD)の世界特許を申請。もし中国や韓国に先に特許をとられたら日本は使えなくなる。
国は特許をとることができないというので独研がとった。400万円ほどかかったが、技術の使用料を取るつもりはないという。
iPS細胞の山中教授のようだ。
実用化の見通しは、太平洋側に関していえば、いまから10年以内。日本海側は太平洋側よりずっと簡単に実用化できる。
《太平洋側のメタンハイドレートは主に、深い海底の、さらにそこから三〇〇〜七〇〇メートル掘っていって、ようやく見つかります。
しかもメタンハイドレートが分子レベルで砂と混じり合っています。
当然、見つけにくく採りにくく、さらに砂と分けるのにコストがかかります。
/対照的に日本海側は主に、太平洋よりずっと浅い海底にメタンハイドレートがそのまま露出しているか、
せいぜい一〇〇メートル以内を掘れば存在し、しかも純度九〇〜九九%の白い塊で存在しています。》
なおかつ日本海側のものは99%が純粋なメタンだが、太平洋側のものにはブタンやエタンなども含まれている。
日本海側のものは浅い海底にあるので漁師の魚群探知機でもメタンプルームを発見できる。
さらにメタンハイドレートのうえには何が楽しいのか蟹の大群がむらがっているという。
じっさい日本海側の漁師はメタンプルームを目当てにズワイガニを探しているのだ。
日本海側のメタンハイドレートがいかに採取しやすくてもいずれは枯渇するだろう。
そのときには太平洋側の採取困難な砂中のメタンハイドレートをとりだす技術が必要になる。
原発をなくすためにもまずは日本海側の開発を急ぎ、同時に太平洋側の技術革新も進めるという段取りを
とってはどうだろうかとわたしはおもう。
●官僚たちの厚い壁
ここまでは学問上の苦労だが、ここからお定まりの浮き世の苦労が始まる。
日本海側の研究にも予算を回してほしいと、千春はひとりで資源エネルギー庁の天然ガス課長に要望する。
調査船を傭うのに1日200万円、5日で1000万円かかる。
《課長は、「陸上試験に一丸となって取り組んでいるときに、そんなことを言っていると国賊ですよ」と私に言いました。》
それを聞いた夫の繁晴は即座にエネ庁長官に電話、おりかえし電話あり、《「石油天然ガス課長に聞きました。
『誤解です。自分が国賊になるという意味で言いました』と課長は言っています」とのことでした。》
うまい! さすが東大出。これくらいのいいわけがとっさに出るようでなければ、中央官庁の課長にはなれない。
これがきっかけで日本海側を研究している東大教授とともに千春はMH21の検討会でプレゼンをすることになる。
検討会には既得権益に染まっていない石油会社とガス会社の若い技術者も複数参加。
会議室のスクリーンに映し出された海底からぶくぶくとメタンプルームが湧出している映像を見て、
「これ、メタンハイドレートの実物じゃないですか! 初めて見ました! ここにあるじゃないですか、実物が。
なんでこれ、やらないんですか!」と立ち上がる。「ここまで見せられると、やらないわけにいかないでしょう」という声が上がる。
で、めでたしめでたしとなるか。ならない。
《プレゼンが終わると、座長が、「あっ、オブザーバー参加の独立総合研究所はここまでです。退室してください」》
おそらく国賊の一件があるからよそ者である独研には「会議に参加させる」となだめ、
会議側には「ただのオブザーバーですから途中で退席させます」といってなだめる、これが常套手段なのだろう。
このあともこんな話ばっかり。エスタブリッシュメントの硬直ぶりには読んでいてほとほと嫌気がさす。
経産省にはいくらいってもらちが明かない。そこで国会議員・官僚・文化人・マスコミ・民間企業とあらゆるつてに働きかける。
民間企業はどこも「いまはまだ基礎調査段階で、これは政府マターである。
だから自分たちが動く段階ではない」と消極的だった。もったいない話だ。
ここでツバつけて投資をすれば、将来巨万の富をふところにする可能性が高いのに。
まああやしげな話もたくさん持ち込まれるだろうから、担当者は責任を取らされて左遷されるより、
見過ごしたほうが家内安全ではある。
そこで独研は日本海洋(株)という民間の独立系の船会社に「第七開洋丸」という最新鋭の調査機器を搭載した船を借り、
メタンハイドレートに関心の高い国会議員を同乗させる。
特に新藤義孝代議士(自民党)は、日本海のメタンプルームを見て「こんなにはっきり見えているのに、何でやらないんだよ!」と叫び、
「青山さん、政権取り返したら、絶対やるから!」と約した。
千春は、第2次安倍内閣に総務大臣として入閣した新藤氏と、やはりメタンハイドレートに関心の強い安倍総理に期待し、
第2次安倍内閣があるうちに実用化にこぎつけたいと願っている。
と同時に《そうでないとこの自前の資源の利用は永遠に実現できないかもしれません。》と危機感もつのらせている。
日本のマスメディアの多くは、メタンハイドレートのデメリットばかりを問い合わせてくる。
かつては櫻井よしこ氏も「週刊新潮」に「メタンハイドレートは悪魔の資源」という記事を書いたことがある。
そこで繁晴とともに櫻井邸におもむき、記事の根拠をたずねると、旧帝大の名誉教授、典型的な石油工学の利権派だったとのこと。
いわば歳をとって最新の技術を学ばなくなった歯医者のようなものか。
《私たちの話を受けて櫻井さんは、きっぱりと「よく分かりました。これを安倍(晋三)さんにも伝えなくては」と、
美しく背筋を伸ばしておっしゃいました。》いくらみかたになってくれたからといって、
美しく背筋を伸ばしはサービスしすぎだろう(笑)。
●一方、海外の反応
それに較べ、海外で発表すると各国興味津々で、発表後の質問時間には制限時間が過ぎても矢継ぎ早の質問が止まらないというありさま。
韓国人も「これ、日本海にあるの」とじつに熱心。その後、竹島の近海でメタンハイドレートを掘り出しており、
2014年までに実用化するとのこと。中国が尖閣諸島に拘泥するのも海底資源が目的。
ロシアのメドベージェフが2度も国後島を訪問したのもメタンハイドレートが眼目らしい。
各国は将来を、子々孫々を見据えている。それなのにMH21はホームページに竹島を載せることすらしない。
なぜなら、メタンハイドレートの開発は太平洋側でやることになっているからだ。
太平洋側の教授は石油メジャーから資金援助を受けていることを認めた。
そんなことをしていたら企業化成功のあかつきにはごっそり持っていかれてしまう。
ところが国内の某石油会社の技術本部長も石油メジャーから日本海側の共同開発を打診されたが、
部長は、「そんなことをやったら開発技術を全部むこうに持っていかれる」として拒否した。
青山夫妻は「この人は国士だ」とほめたたえている。国士なんていうことばは久しぶりに目にしたが、
これで日本がエネルギー輸入国から輸出国に転ずるとすれば有史以来のこと、
「皇国の興廃この一戦にあり」と東郷平八郎のような気分になっているのかもしれない。
清水建設がバイカル湖で表層型メタンハイドレートの採掘方法をロシアと共同開発したことについては、
国益を忘れないようにと釘を刺している。
なにしろ日本は現在年間4兆円のエネルギーを輸入している。値段は供給国のいいなりだというから信じがたい。
《わが国は同じ中東産の液化天然ガスをドイツなどと較べ信じがたい高値で買っています。
/青山によれば、日本が高い値段で買うことによって、日本の石油会社、商社、運送業者などが潤い、
そこに一部の政治家や官僚もぶら下がる仕掛けになっているとのことです。》単価が高ければマージンも大きくなるものなあ。
●日本海連合とは
2012年、独研と連携してメタンハイドレートの先行調査をしている兵庫・新潟・京都・秋田・山形・
富山・石川・福井・鳥取・島根の1府9県で「海洋エネルギー資源開発促進日本海連合」を設立。
これで風向きが変わる。太平洋側を巻き込むために、日本海と太平洋にまたがる兵庫県の井戸知事に声を掛けると、
「たじま」という漁業調査船があるのでそれを貸すと協力を約した。
《ところが、兵庫県庁の役人が最初はみんな“横になる”わけです。知事がいくらトップから下ろしても、全然下は動かない。
新しいことをやりたくないのでしょう。》グッタリするような話はさらにつづく。
2012年9月に日本海連合と独研が発足記者会見をすることになり、井戸知事から繁晴に同席要請があったにもかかわらず、
なんの連絡もないまま記者会見は終わってしまったという。
《しかし、私も青山も独研全体も、まるで気にもしていません。独研のために「日本海連合」をつくろうとしたのではないからです。
祖国を資源を持つ国にする。それだけです。》ちょっとかっこよすぎて信じられない。
なんの思いもないのだろうか。踏みつけにされることになれて感覚が鈍磨してしまったのだろうか。
いやそうではあるまい。隠忍自重、隠忍自重と腹の虫を押さえつけているようにわたしにはおもえる。
2013年11月30日朝、テレビをつけると、
「このたび資源エネルギー庁は、世界で初めて日本海に表層型メタンハイドレートを発見した」という短いニュースをやっていた。
新発見はあくまでも資源エネルギー庁がおこなわなければならないのだ。
エネ庁のホームページを見ると、使用船舶は第七開洋丸だ。
◆S氏(60代男性)
しかし、メタンハイドレートなんて、アブナイ問題によく飛び付きましたね。 |