76( 2015.5掲載) 『乳酸菌生活は医者いらず――かしこい腸に育てる、最新・腸内細菌の話――』(藤田紘一郎、三五館、2013.5)
藤田はわたしの好きな学者だ。1939年生、東京医科歯科大学名誉教授。専門は寄生虫学、免疫学。 みずからの腹中にサナダムシを飼ったりコレラ菌を飲んだり、世界中のうんこを採取したり、医学界で非常識とされることをたびたび実践したため、 在籍していた医学部の倫理委員会では何度も査問委員会の被告席にすわらされた。 それでもめげずに研究をつづけ、ついには人間に寄生した寄生虫は 《花粉やハウスダストなどのアレルゲンと反応しないIgE抗体を多量に産生していること》を明らかにした。 わたしは「排便至上主義」という文章を発表したことがあるほど、排便に気をつかっている。 排便は1週間に3回、訪問看護の決まった時間内に済ませなくてはならない。だから排便のために食物を摂取しているような一面すらある。 頸髄損傷者は全身麻痺とはいいじょう、内臓は自律神経の支配する領域で、心臓・腸などの内臓は意志と関係なく動いてくれる。 それでも排便は思うようにならない。下剤に頼っているが、便秘の専門医が「強い下剤に頼ってはならない。乳酸菌で解決せよ」と警告を発しているのを知り、 本書に興味をいだいた。 ●「正しい乳酸菌生活」が健康の秘訣 《私たちの体や心の健康を左右しているのは、腸細胞と腸内細菌です。》腸内細菌の数は1000兆個。 腸内細菌は食物の分解をたすけ、ビタミンや脳内幸福物質のセロトニンやドーパミンを合成する。 それらを吸収し、全身に運ぶのが腸壁に存在するいろいろな「腸細胞」。こちらも腸内細菌と同じぐらい多く、腸壁や腸粘膜にびっしり存在する。 《健康な人間の腸内には総量およそ1500グラムの腸内細菌がいます。》糞便の約半分が死んだ腸内細菌と生きた腸内細菌。 われわれは糞便を食物のかすだと思いがちだが、食物のかすは糞便の15%に過ぎない。 ――だとしたら、何も食わなくても毎日便は出るということになるのだろうか? 戦前の日本人は食物繊維の多い食事をしていたので1日約350グラムの便を出していたが、 《食品添加物がたっぷり入ったファストフードを好んで食べるようになってしまった結果、排便は150グラムほどになってしまい、 女性の場合はなんと80グラムまで減ってしまいました。それはつまり、腸内環境が悪化していることを示しているのです。 /腸内環境の改善のためにも、もう一度、和食のよさを見直したいものです。》 2013年12月、ユネスコは和食を世界文化遺産に登録した。それはけっこうなことだが、 戦後「家」制度を廃止して核家族制度を採用した日本に、むかしの和食が復活できるのだろうか。 母から娘あるいは嫁に伝えるべき伝統は、すでに途切れている。かててくわえて「男女共同参画社会」と称して女性を月給取りにする方針を打ち出したため、 金持ち家庭以外はどこも共稼ぎになってしまった。誰が伝統的な和食を作るのか。 誰がそれを引き継ぐのか。食品添加物たっぷりのファストフードやチンするだけで食べられるレトルト食品を食うしかないではないか。 ●日和見菌をみかたに付けろ 腸内には善玉菌と悪玉菌がいるが、腸内細菌の4分の3は「日和見菌」。《善玉菌といわれる腸内細菌が少しでも優勢になると、 これら大勢の日和見菌はいっせいに善玉菌の味方になる一方、悪玉菌が少しでも増えれば今度はそれらの日和見菌はいっせいに悪玉菌に味方する、というわけです。 つまり、体と心を健康に保つためには、乳酸菌などの善玉菌を優勢の状態に保っておくことが重要になってくるというわけです。》 腸内細菌は小腸にもいるが、ほとんどは大腸に存在する。 なお、《人間の腸内細菌はたいてい母親の腸内細菌と類似し、父親の腸内細菌と似ているという子どもはほとんどいないのです。 このように、人間の腸内細菌は乳児期に決まり、その組成は一生変わりません。》そういえばわが娘は花粉症で毎年目や鼻の症状を訴えているが、 その子ども、つまりわが孫はかわいそうに赤ちゃんのころから花粉症だ。 ●心の健康も腸しだい 《人体におけるセロトニンの総量は10ミリグラム程度とされていますが、 このうちの90%が腸に存在し、そこから脳や体内の臓器に運ばれているのです。》 腸内細菌が分泌するドーパミンやセロトニンの働きは、ブタでも同じ。人間が近づくと大騒ぎをしていたブタたちに乳酸菌を与えたところ、 とてもおだやかになったという。《また、私はうつ病などの精神疾患のある方の便を調査したことがあります。 彼らの便は例外なく不健康なものでした。腸内に善玉菌はほとんどおらず、悪玉菌がはびこっていて、便は少量で悪臭が強いものばかりでした。 彼らの脳には、「幸せ物質」が少なかったのではないかと推測しています。/これらの経験からも、 健康な腸はドーパミンやセロトニンといった神経伝達物質を生成して脳に送り届けるため、精神状態がよくなり、幸せを感じやすくなるといえるのです。》 惜しい。それなら精神病の患者にヤクルトでも毎日与えて経過観察をするべきだった。寛解すれば大発見になったのではないか。ノーベル賞ものだ。 ●腸には免疫防御機能も 腸の役割には3つある。まず消化吸収、つぎに免疫防御、3つめは解毒。いままでは消化吸収にしか光が当たらなかったが、 《腸の免疫細胞が免疫防御の機能をしっかり果たしている限り、病気になることはありません。》 ところが腸は、@37度で温度が一定、A栄養分がある、B水分がある、ところなので、よごれやすい。 すなわち悪玉菌が増殖しやすい。《悪玉菌の大好物は、動物性の脂肪やタンパク質などです。 油でギトギトの唐揚げ、生クリームたっぷりのケーキ、コッテリしたスープのラーメン……皆さんの大好物かもしれませんが、 これは悪玉菌にとっても大好物なのです。これが悪玉菌のエサとなって、硫化水素やアミンなどの毒性物質を作りだしてしまう。 これが汚れの原因です。》脂肪のとりすぎが体に悪いことは知っていたが、動物性タンパク質も悪いとは。 おまけに藤田は『50歳からは炭水化物をやめなさい』ともいっている。3大栄養素を否定されたわれわれは、いったい何を食えばいいのだろう? 免疫にはつぎの3つの役割がある。すなわち、@感染予防、A健康維持、B老化予防。 免疫機能の70%を腸の免疫細胞がになっているというから驚きだ。これは藤田の研究によるものではなく、 辨野義己博士や光岡知足教授ら腸内細菌の権威の研究成果をもとにしている。ちなみに沖縄県人は善玉菌が多いという。 さて、では残りの30%の免疫機能をになっているのは何かといえば、これが精神的なもの。 《物事をポジティブにとらえ、小さなことにくよくよせずにいると、交感神経と副交感神経のバランスがとれ、 免疫力が強化されることは科学的にも証明されています。》そういわれてもなあ。自分が糖尿病と診断されたとき、主治医はこういった。 運動療法ができない以上カロリーをコントロールするしかない。それとなるべくストレスのない生活をこころがけるように、と。 どうすりゃええんじゃと心の中で叫んだ。全身麻痺でなおかつ一日中背中に強い痛みがあって、夜もぐっすり眠れず、それでストレスのない生活とは……。 風邪を引く・引かないは、季節の移り変わりや着衣の問題とはあまり関係がない。 免疫力が高ければ、寒い日に薄着で出かけたくらいでは風邪は引かないという。(つづく)
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