77( 2015.6掲載)

 『乳酸菌生活は医者いらず――かしこい腸に育てる、最新・腸内細菌の話――(藤田紘一郎、三五館、2013.5)

  76_nyusankin.jpg

(5月号からの続き)

●清潔にしすぎると免疫力が下がる

 中国人のお嫁さんをもらった姑から聞いた話。日本人は赤ちゃんにミルクをあげるさい、哺乳瓶をグラグラと熱湯消毒する。 ところが中国人は熱湯をかけるだけだという。それどころか頻繁に授乳するものだから赤ちゃんは飲みきれずに残してしまうが、 その残ったミルクは捨てずに取っておき、また与える。「ダイジョブヨ、中国人は丈夫だから」といってお嫁さんはゆずらない。 「信じらんない」と姑はなげいていた。

 だがこれは藤田がむかしからいいつづけていることだ。藤田の意見を読むと、どうもこれが正しい育児法に思えてくる。 藤田にいわせれば「テーブルにこぼしたおかずを食べる」「食器を消毒せずに使う」――これが免疫力を上げる方法だとのこと。 《テーブルにこぼしたおかずを食べることは、菌を体内に取り入れることと同じです。腸内の細菌の数が多ければ多いほど、種類も多ければ多いほど、 免疫力は高まります/こぼしたおかずについた菌を取り入れて、腸内細菌の種類と数を増やすことが、免疫力アップになるというわけです。 /日本の衛生環境で、普通に清潔を心がけていれば、テーブルの上に人を死に至らしめるような悪玉菌はまずいません。 こぼしたおかずを食べたくらいで、病気になることはほとんどないといっていいでしょう。》

 第1子より2人め以降のほうが総じてアレルギー体質になりにくいのも、同じ理由だとのこと。 《人間の赤ちゃんがなんでも舐めたがるのは、こうした行為によって腸内にさまざまな菌を取り込もうとしているのです。》 第1子の育児で慣れた親は、それほど神経質にならず、何人も子どもがいればいちいちかまっている余裕もない。

 してみると「一人っ子政策」をつづけてきた中国は、「小皇帝」を大量発生させただけでなく、虚弱児童を増やしているのではなかろうか。 これまで中国の幼児はおむつも下着も付けず、垂れ流すという育児法だったのに、最近では日本製の上等な紙おむつがバカ売れで、 ために日本のドラッグストアが品薄になっているというニュースを2013年の年末に聞いた。

●植物性食品がガンを防ぐ

 アメリカ国立ガン研究所は、「デザイナーズフーズ・ピラミッド」というガンを予防する食品と食品成分のピラミッド状の図を発表している。 ピラミッドの上位に位置するのはニンニク・キャベツ・大豆・ショウガ・ニンジン・セロリなど。どれをとっても得心がいく。

 《免疫細胞の約70%は腸が担っていますから、食物繊維が豊富な豆類や海草類など腸にいい食材を意識的に食べることは そのまま効果的なガン予防策になるというわけです。》しかし「デザイナーズフーズ・ピラミッド」の上位には、大豆こそ載っているが、 海草などひとつも載っていない。アメリカ人は海草を食わないからだ。納豆が載っていないのは致命的な欠陥といっていいだろう。 なにごとも欧米の基準をそのまま日本に当てはめることはできない。

 ここに驚くべき記述を発見した。ガン予防とは関係ないが、ふつうカロリーゼロと思われている海草にもカロリーはあり、 日本人は海草からエネルギーを摂取することができるのだそうだ。《日本人は、昔からわかめや昆布、海苔などをはじめ、さまざまな海藻類を食べてきました。 そのおかげで、海藻類を分解する遺伝子を持つ腸内細菌を、80%近くの日本人が備えているという研究結果があります。 日本人は海藻からもエネルギーを取り出せるという、すごい特性を持っているのです。》ニューギニアのひとたちは芋ばかり食っている。 常識的に見れば糖質ばかりの食生活が体にいいわけはない。ところが彼らの腸内細菌は芋の食物繊維をタンパク質に変えてしまう。 それであんなに筋骨隆々としているのだ。医学の常識は移ろいやすいものだ。それしか食うものがなければ、 長年のうちに体のほうでそれに合わせて生きてゆけるようになるのだろう。

 アフリカ原住民の子どもとイタリア人の子どもの腸内細菌をくらべると、高食物繊維・低カロリー食で成長した前者は 日和見菌「バクロイデーテス門」に属する細菌が優勢だったのに対し、低食物繊維・高カロリー食で育った後者は悪玉菌 「フィルミクテス門」に属する細菌が優勢だった。これがアフリカ人に炎症性腸炎がほとんど見られず、なおかつ免疫機能が強化され、 ガンにもなりにくいしアレルギー反応も起こらない原因だといわれるそうだ。……アフリカの子どもというと不潔な水しか飲めないのでしょっちゅう下痢をし、 乳幼児死亡率が高いと聞かされてきたから、なんだか釈然としない。不潔な水は問題だが、あとはマスコミの誇大報道かもしれない。 「そこへ善意の日本人が乗り込んで、水をたちまち清潔にしてやりました。ああ、なんとすばらしい日本人……」というテレビ番組が最近目立つ。

 メキシコ人は世界でいちばん食物繊維を摂取している。日本の約3倍。このことが世界でもっとも自殺率が低いことと (日本のおよそ6分の1だとか)関係しているのだそうだ。むかしラジオでドリアン助川が、 たぶん『メキシコ人はなぜハゲないし、死なないのか』という著書の宣伝をしていたときのことだったとおもうが、 それはナントカ豆を食っているからだと熱弁をふるっていた。豆に自殺予防成分が含まれているとはおもえない。 食物繊維の多さが事の真相だろう。あるいはそのせいでセロトニンなどが多くなるのか。

 韓国の自殺の多さは深刻だ。人口は日本の半分なのに、自殺者数は同じ。キムチという発酵食品を毎日大量に食べて乳酸菌に不自由していないはずなのに、 これほど自殺が多いということは、植物繊維や乳酸菌をたくさん摂取すれば自殺が防げるという説と矛盾する。 食生活だけで自殺を論じるには無理があるということだろう。

●便秘にも下痢にも「乳酸菌生成エキス」

 《便秘にも下痢と同じような腸内細菌叢を正常化する薬や「乳酸菌生成エキス」が有効なのです。 /習慣的に下剤を飲むようになるのは、非常に危険です。下剤は便だけではなく、腸内のあらゆるものを強制的に流し出してしまいます。 必要な腸内細菌が排出されてしまった結果、免疫力が落ち、病気にかかりやすくなってしまうのです。》

 乳酸菌といえばヨーグルトを連想するが、乳酸菌はビフィズス菌、ブルガリヤ菌、カゼイ菌と多種多様なので、 どのヨーグルトが自分に合っているかを見極めなければいけない。ちなみに藤田は、そのヨーグルトが自分に合っているかどうかわからないし、 よけいな脂肪分や糖分を摂取しないためにもヨーグルトは食べないのだとか。

 ではヨーグルトを食べない藤田は、いかにして「マイ乳酸菌」をふやしているのだろう。さあここが本書のキモだ。 《私が「自分の乳酸菌」を増やすために摂っているのが、「乳酸菌生成エキス」です。乳酸菌の分泌物と菌体成分をエキス化したもので、 腸内の悪玉菌の増殖を抑制し、かつ乳酸菌を増やす働きがあります。(中略)日本を代表する腸内細菌の研究者である東京大学の光岡知足名誉教授は、 「乳酸菌生成エキス」などの菌体成分のことを「バイオジェニックス」と定義し、こんごの乳酸菌研究のキーポイントになると提唱されています。》 かんたんにいうと、「乳酸菌生成エキス」とは、乳酸菌が死んだときに排泄するもの。 これが「マイ乳酸菌」をふやすというから、「無用の用」ということばを連想する。

 「生きて腸に届く乳酸菌」というキャッチフレーズで売っているヨーグルトがあるが、大部分の乳酸菌は胃酸に弱く、9割方腸には届かない。 腸にたどりついても、1週間で排泄されてしまう。だが乳酸菌がつくりだした物質が腸内環境の改善に役立っている。 生きた菌よりそちらのほうが役立っているようだ。いま乳酸菌メーカーは、生きた乳酸菌から死んだ乳酸菌へと研究を移しているという。

 《ビーアンドエス・コーポレーションの研究では「乳酸菌生成エキス」の飲用によって、1カ月後には腸内の善玉菌が約3倍に増加していました。 /また(新潟大学の)安保教授の研究では、乳酸菌の菌体成分が、腸管の免疫系を刺激することで、 Th-1やTh-2という免疫のバランスを調整していることがわかりました。》――これを読んだわたしは毎日B&S社の「ラクティス」という乳酸菌生成エキスを飲むことにした。 乳酸菌と食生活で下剤を半減させ、さらに「ラクティス」で排便時間を短縮させた。 これは2時間という訪問看護の制約のなかで処置を終わらせるのにきわめて重要なことなのだ。

 本書に関してひとつ気になることがある。目次の最後に「構成・高関進」とあるが、これはどういう立場のひとなのだろう。 先生ご多忙につき、フリーの編集者が談話をまとめて一書にしたてたというしだいか。というのもところどころ腑に落ちない箇所があるのだ。 たとえば《全身麻酔をかけられても、脊髄損傷で脳死状態になっても、腸が正常に働き続けるのはそのためなのです。》 脊損で脳死になることはない。脊髄と脳を同時に損傷したか、あるいは脊髄の高位を損傷して自発呼吸がとまって仮死になったものの、 すぐさま人工呼吸器を装着することによって蘇生したか、そんなばあいならありうるかもしれない。 ところどころ表現がザツといわざるをえない箇所がある。藤田はこの数年で何十点も上梓している。 大衆小説ではあるまいに、学者がそんなに本を書きうるものだろうか? このところインタビュー本・対談本・座談会本が多い。 世の中が易きに流れているとしかおもえない。