131(2020.1掲載)

 『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』
 
(花田菜々子、河出書房新社、2018.1)

131_deaikei.jpg"

 1979年、東京都生。ヴィレッジヴァンガードに12年ほど勤務。本文中には《33歳・既婚(ただし別居中/子どもなし》とある。

 内容・造本とも破格。黄色のカバーにその高さ4分の3ぐらいあるドピンクのオビがかかっている。 カバーがいらないくらい。オビには5〜6人の推薦文が載っているが、それぞれの文の頭に#印が付いている。 何のことやら分からないのでネットに頼ると、「ハッシュ(#)とシャープ(♯)は別物です」というただし書きのもとに 「TwitterやInstagramなどのSNSで、特定のキーワードに関連する投稿をまとめて検索、閲覧できるようにする」もので、ハッシュタグというらしい。 ツイッターもインスタもやったことがないから(第一スマホを持ってない)よく分からない。 オビというものはたいてい有名人の推薦文が載るものだが、武田砂鉄と岸本佐知子以外は知らないひとばかり。 著者か出版社のSNSに寄せられた感想なのだろう。その意味でも破格。

●出会い系って、あの、アレでしょ?

 「出会い系サイト」というのも正確には分からないのでWikipediaでみると、「面識のない異性との交際を希望する者同士が相互に連絡」 するためのもののようだ。ケータイの発達とともに盛んになる。 ま、要するに男と女(趣味によってはLGBT)がスマホを使って手軽にセックスしようというヤラシイものなのだろう (生物のサガだから形は変われどいつの時代にもあるもの。好きにすればいい。ただ女性が強姦されたり殺されたりする事件が目立つので、 爺ちゃんは勧められない。連絡場所に出かけるときはコンドームを持って行くこと)。

 ヴィレッジヴァンガードのような有名店で店長まで勤めたひとがそんなヤラシイものに自ら首をつっこんだ話を本にするなんて、 なんという世の中になったのだろう。「破格」だ。でもまあ『出会い系サイトで70人と実際に会ってその人に合いそうな本をすすめまくった1年間のこと』 というタイトルには、たくさんの男性とベッドをともにしましたとは書いてない。 タイトルほどのことはないんじゃないだろうとおもったら、ああた、そうとうアレだから魂消てしまった。

●夫と不仲になり家を出る

 結婚してまもなく同じ職場の夫と不仲になり、家を出る。《心をひたすら摩耗していく宿無し生活は、やはりそれほど長くは続かなかった。 ほどなくして夫と話し合い、いまの住まいは解約して、それぞれが新しい場所へ引っ越そうということに決まった。》 ちょうどそのころ、知らない人と30分だけ会って話してみる「X」という出会い系サイトを知る。 そこではいろんなひとが顔写真付きでずらりと並び、「仕事や趣味の話など、なんでもOKなので今すぐ会いましょう」と呼びかけている。

 ヴィレッジヴァンガードでは店長になったころから倦怠が始まった。《郊外のショッピングモールへの大規模な出店や時代の移り変わりとともに、 社内の風向きは徐々に変わっていき、本よりも雑貨に比重が置かれるようになった。》 社長に直接「本の売り場を縮小していくいまのやり方では会社の魅力が損なわれてしまう」と訴えても風向きは変わらなかった。 社内での居場所を失っていった。仕事がうまくいかなくなると夫との仲もうまくいかなくなる。

●「X」の実態

 《出会い系サイトのようなものには違いないのだろうが、出会いを異性との恋愛目的に限定してないからなのか、後ろ暗さはなく、 おしゃれな感じすらする。》それはキミの印象に過ぎない。

 花田は自分のプロフィールに「変わった本屋の店長をしています。1万冊を超える膨大な記憶データの中から、 いまのあなたにぴったりな本を1冊選んでお薦めさせていただきます」と書いた。たいした自信だ。

 最初の相手。想像してたよりも穏やかで静かな雰囲気の、背の高い男、土屋。40代前半。奥渋谷のおしゃれなカフェ(ってなんだか腹が立つ。 行ったことのない楽しそうな所だからだろう)。《飲み物と、勧められたとおりのケーキを注文し終えた頃にはもう、 いままで抱えていた「未知への緊張感」はほとんど消えていた。(中略)今日だけしか会わない赤の他人に、冗談めかして話せるのは気が楽でもあった。》

 《土屋さんは話を興味深く聞いてくれて、そうかそうか、と相槌を打ちながら言った。/ 「ここはいろんな人との出会いもあるしさ! 菜々子さんももう別居してるわけだから彼氏がいたっていいわけじゃない? こういう話ってあれだけど、 身体(カラダ)のさみしさ、みたいなことってあるしさ」》

 ほうらはじまった。同年代で既婚ならイッパツやれるかもしれないと舌なめずりし始める。しかし花田は《「まあ身体のさみしさ、 っていうのは別にないですけど。彼氏ねえ、そのうちできたらいいですね」》と適当に受け流す。土屋がんばる。 「さみしさ、っていうか、ね、性欲って言っちゃうとちょっとストレートすぎるかなと思ってさ!  でも女の人にだって性欲があるのは別に恥ずかしいことじゃないと思うんだよね」

 《結局なんとかしてセックスの話に持っていきたいだけのようだった。若干うんざりしたが、まあでも、 そういう人のおかげでこうして第一歩を踏み出せたとも言えるし。感謝感謝。》

 二人めの男もセックス目的。《本も、一生懸命考えてベストのものを選び、なるべく興味を持ってもらえるようにすすめたつもりだった。 けれど結局は、女とセックスできるかもしれないという価値だけが一人歩きしているに過ぎなかったのだ。》

 だが花田も勝手なもの、《私は、このようなサイトの中ではまずは埋もれずに目立つことが大事だとばかり思い、 ウケを狙ったキャラ設定をしていたのだった。職業欄を「セクシー書店員」とし、あまつさえこの大橋さんと会った時間の募集コメント欄では、 こともあろうに「Hになればなるほど固くなるものなーんだ? 答えがわかった方、お会いしましょう!」 とセクシーなぞなぞなるものまで出題していた。》33歳のセクシー書店員ならお願いしたくなるわな。鉛筆の芯だろう。

●セフレ目的の見分け方

 初めて女の子と会う。《大学を卒業して就職したばかりというさやかちゃんは、細くてかわいくて人形のような容姿に快活で気さくな性格を持ち合わせた、 最強に素敵な女子だった。》
「そんなにかわいかったら、この活動してて口説かれたりして大変じゃない?」
「そういう出会い目的というか、ただ若い女子に会いたくて登録しているひとはすぐ分かるんですよ」
そんな男はすぐに見分けられると、スマホの画面を見せながら解説してくれる。この男そういう男かも?という男のプロフィール画面を開き、 その男が会いたいひととして登録しているひとを見る。すると、かわいいっぽい顔写真付きで登録している女の子ばかりがずらっと並んでる。 これで検証終了! ふふふ。

 なるほどスマホに長けたひとは安全だ。逆に見れば、かわいいっぽい顔写真付きで登録している女の子はセフレ目的ともいえるわけだ。狙い目ですぞ。

 さやかちゃんと話しているうちに花田は意外な告白を始める。「私、デブが歌うまいとなんか好きになっちゃうんだよね」 大勢でカラオケ行ったときにそのデブがDA PUMPをセクシーに歌ったら、なんかその日に家まで行っちゃった。 ……そ、そんなことってあるの! やっぱり出会い系サイトってそういうとこなんだ。セックスまでは行かなかったけれども、 遠藤さんの事務所までついて行ってしまったし。遠藤さんは疲れてかってに寝ちゃったけど。

 書かないだけでほかにもあったんだろう。夫と別居中とはいえまだ婚姻関係にあるのだから違法行為だ(夫とは月に一度会食している)。

 男と女、どちらが性欲強いかといったら、個人差はあるだろうが、男ではなかろうか。 男も女もなるべく自分の遺伝子を多く遺したいものだとどこかの生物学者がいっていた。 だが夫婦のいさかいの原因、あるいは社会現象を眺めると、やはり男のほうが強いといって良さそうだ。 卵子は生まれたときから卵巣にあって歳を取るが、精子は常に再生産されていく。それと関係があるのかもしれない。

 もう一つわたしには持論がある。わたしは丸の内に務めていたが、毎年4月1日になると、昼休みにどっと若い女の子が通りにあふれる。 新卒だ。人妻なる者はこれに注意しなければならない。自分は年々歳を取っていくが、夫のまわりには毎年若い女性が供給されるのだ。

●本の利益

 この先はあれやこれや人の紹介でたいした波乱はない。Xに集う者は「IT」「起業」「フリーランス」が特徴。 自分はあくまで本にたずさわる仕事に就きたい。だがそんな求人は毫もない。

 ほのかな想いを寄せる遠藤さんとの会話。
「紙の本を扱う仕事じゃなきゃ駄目なの?」と遠藤は訊く。
「いや、ウェブでもいいけど……『ネット書店』みたいな感じで、ブログなりサイトで本を紹介して、アマゾンのリンクを貼って、 アフィリエイト……だっけ? そういうのがやっぱりいいのかな?」
「いや、本なんかたしか売り上げの3%しか入ってこないから」と遠藤はいう。「それだけだと無理だと思う。 1000円の本が1冊売れて30円。仮に1ヶ月に30万円ほしかったら月に1万冊? それけっこう難しいよね。 何かと組み合わせるのがいいんだろうなあ。何だろな〜。エロ? アイドル? うーん、凡人の発想だな」》

 おどろいた。30年まえわたしが現役のころの常識では、1冊の本の定価の分け前は、著者1割、書店2割、取り次ぎ1割、 出版社6割というものだった(ただし6割のほとんどが原価。再版から儲かる)。 つまり書店20%。それがいまや3%? しろうとの遠藤がいうことだから鵜呑みにはできないが、花田はそれを否定しない。 3%の利益はアフィリエイト(インターネット広告)のばあいの話だろう。インターネット・サイトを見ていると、用もない広告が一杯出てくる。 わたしは一切クリックしたことがないが、クリックすると、広告主から売上げの3%が入ってくるということか。新しい話には爺はついていけん。

●再就職の面接

 新しくオープンする複合型の大型書店で社員を募集している。といわれても、わたしには「複合型の大型書店」が分からない。 例によってネットに頼る。「雑貨を並べ、購入前の本を読めるカフェを併設するだけでなく、 電子書籍との協業、書店内店舗の誘致など本との出会いの演出に知恵を絞る」ものだという(産経ニュース)。 それならヴィレッジヴァンガードと変わらないではないか。

 1次面接は集団面接で、受験者は元区議会議員、出版社の編集長、もう一人は有名ミュージシャンのマネージメントをしている。

 わたしも若いころ出版社数社の面接を受けたことがあるが、あんなにいやなものはない。特に再就職の面接の際は、 「なぜ前の会社を辞めたのか」と必ず問われる。組合活動をしてクビになったわたしは、退職理由を問われただけでひどく緊張したものだ。 嘘をつくのはいやだし、かといって事実を述べれば不合格になるのは目に見えている。

 《「花田さんは大学を卒業されてからずっと長い間、10年以上をヴィレッジヴァンガードでがんばって来られたということですが。 ……そちらを出られて、もしかしたらここで働いていただくことになるかもしれない、という今、花田さんの心象風景はどのようなものですか?」》

 花田は話す声が震えてしまう。「何者でもなかった自分に、仕事の面白さ、売るということの楽しさ、仲間と力を合わせて仕事したり支え合うこと、 全部を教えてくれた場所です…………行く道が分かれて、出て行くことを決断しましたが、…………今は……感謝の気持ちしかありません」 言いながら涙がこぼれた。わたしから見れば涙なんか流す理由はない。

 最終面接の日、あいさつが終わるやいなや男の人が笑いをかみ殺すように口を開いた。 《「いやあ、花田さん。今日はもう花田さんの話を聞くのが、もう楽しみでしょうがなくて」と切り出した。/ 「えっ、そうなんですか。出会い系の話ですか?」/「出会い系、って、普通に言ってるし! うふふふ! いや、 もうエントリーシートみんなで見てて、場が騒然としましたよ。ヤバい奴が応募してきたって」》だよね。 ここを読んでわたしは安心した。それが常識ってもんだよな。登場人物みんなが出会い系に平然としているから、 わたしだけが時代遅れなのかと思っていたのだ。

 《「こんな面白いエピソードの人、採用に決まってるじゃないですか。ひとりくらいこういうクレイジーな人がいないとね!  花田さんはクレイジー枠での採用ということで。んふふふ」》

 離婚も無事成立。さっそく遠藤さんに連絡すると高級めの個室居酒屋を予約してくれた。花田はいきなり切り出す。
「遠藤さんてさ、わたしとセックスしたいとか思うもの? どういう感じ?」
「じゃあ言うけど。させてくれるならする! でもそういう感じじゃなさそうだし、まあこれはこれでいいかって感じ。 もしかしてセックスしたいの? いいよ! 今からホテル行く?」
「遠藤さんとできるかできないかっ、て言ったら全然できるけど。今そんなに性欲ないんだよね」
 それならそんなこと聞くなよ。

●おわりに

 何も出会い系サイトで本を勧めなくてもいいではないか。男は「やりたい」の一点張り。 女は「やらせてあげてもいい」か「やらせてあげない」のどちらか。それが最後ではっきりしたので安心した。 昔と何も変わらないからだ。おそらく縄文時代からつづく男と女の関係だろう。男に生殖能力があり、育児能力があるか (女の遺伝子を残す能力があるか)、女にとってはそれが一番大切なのだ。ただ、性交と生殖を切り離すことができる時代になって、 女性の道徳観念は変わったということだろう。

 ところで本書の最後にしみじみとした「いい話」が出てくる。おそらく時系列で書かれてはいるのだろうが、 この話を「あとがき」に持ってきたのは意図してのことだろう。あんまりいい話だから教えない。買って読んで。