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 『東京貧困女子。――彼女たちはなぜ躓いたのか――
 
(中村淳彦、東洋経済新報社、2019.4)

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T 売春急増

 圧倒的な美少女。すれ違うひとびとが振り返るほど。しかも国立大学医学部現役学生。そんな女性がパパ活2人。 食事だけなら1万円、セックスすれば3万円という生活をしている。歌舞伎町でハンドヘルスもやっている。 性的なバイトのほうがてっとりばやいと考えているのかというとそうではない。スーパーマーケットのバイトもしている。 国立大学なので、入学金28万円、年間授業料53万。高くない(うちの子供は20年前の話だが、私立だったから年間授業料100万円だった。 ふたり重なった時期もあった)。彼女は日本学生支援機構の奨学金を借りている。 実家は貧しく学費は奨学金、そのほかはバイトで稼いでほしいというのが両親の意向。
 娘が就職するまで親戚から借金してでも援助してやればいいではないか。子どものころから掃き溜めに鶴のような美少女だもの 「あの子のためなら一肌脱ごうか」となったのではないか。実家からの通学なのでなんとかなると思っていたが、 体育会系の部活に所属したのと、教科書や雑費が予想外に高額だった。

 《風俗界隈の取材をすると、最近は当たり前のように現役女子大生が現れる。都内でいえば、早慶上智,MARCH (明治、青学、立教、中央、法政)在学中などは当たり前で、どちらかというと真面目寄り。》いくら悩んでも選択肢は風俗しかないという。 「東洋経済オンライン」に掲載すると、コメントの大半は、部活を辞めればいいという意見。 なかには貸与型を廃止して給付型の奨学金を充実すべしという意見もあった。給付型がいいに決まっているが、自分で決められることではない。

●貧困の諸相

 2歳から児童養護施設で育った。被虐待児が多い。そういう子は大人になっても社会にうまく適応できない。 自分がまわりの子とちがうと小学校に上がってから気づく。児相に里親を薦められて里子になったが、家庭環境がまるで違うのでうまくいかず、 東京の私大夜間部に進学した。貯金ゼロ。すぐ風俗嬢になった。彼氏にはアッというまにバレた。
 《大学奨学金が社会問題になり、返済不要の給付型奨学金の必要性が叫ばれた。安倍政権は2017年度から給付型奨学金を新設したが、 予算はわずか70億円だった。大学生ひとり当たりにすれば2400円程度だ。》2400円、年額だ。

 大学の授業の合間に塾講師とデリヘルをやっている。東京で暮らすには家賃・食費・光熱費・交通費・通信費・服飾費・図書費などがかかる。 現在の収入は塾で8〜10万、風俗で20万。若干余裕ができた。成績はトップクラス。
 保育士を目指しているという。《低賃金が問題になる「保育士」と聞き、私はため息をついた。貧困家庭や不遇に育った女性ほど、 自分のために合理的に稼ぐより、人の役に立ちたいという意識を持って低賃金の福祉系職に就く傾向がある。》 ここは重々頭に入れておかなければならない。
 企業主導型保育園制度が始まり、補助金目当ての企業が殺到してボロボロ状態。《国が責任を放棄して、 どんどんと民営化が進んでいる福祉事業はまったく未来がない。》大学生にバブル世代が増えてから、子供の奨学金を親の家計に組み込む話がふえた。 この女性の返済総額は1000万円以上。

 学費と生活費に追われてアルコール中毒になった女性は、都内の有名大学に通っていた。広告会社の内定を蹴って、AV女優になった。 現在は精神病院に入院中。大学に入ったものの、半年ごとの50万円を超える授業料は、重すぎて、2年生のとき風俗で働き始めた。 《インターネットには風俗の求人があふれていて、求人情報が紙やスカウト、紹介だった時代と比べると、風俗は身近になっている。》だろうね。

 ケータイ電話が出てきたとき、これはテレパシーだとわたしはおもった。恋人どうしがどんなに離れて暮らして生きていようと、 家族に気兼ねせずに、オヤジが電話に出たらどうしようなどと気兼ねせずに「いま、月がきれいだよ」なんてことを伝えられるからだ。 伝えられないころは手紙になった。手で文章を書けば思索が深くなろうというものだ。「怒った手紙は一晩寝かせろ」という知恵も消えて、 すぐに送信ボタンを押してしまう。ネットは便利だが、便利なものは不便。世界を便利なものにすると同時に悪の巣窟にもした。

 風俗を始めてから生活は豪勢になった。転機は就活が始まるころやってきた。就職したらいままでの優雅な生活は維持できない。 大学4年の時、返済すべき奨学金が600万円になっていることを知った。

 【大学奨学金】

 就学困難な学生に学資の貸与をしていた日本育英会は、2004年廃止されて独立行政法人日本学生支援機構になった。 利子で利益を上げる金融ビジネスとなったのだ。大学卒業後から始まる月々の返済には容赦がない。債権回収の専門会社からの取り立てが始まる。 日本学生支援機構の奨学金は2種類に分かれ、第1種は無利子、学業優秀で経済的に困難な者。 第2種は有利子、元金480万円に自己破産相当の負債を負う。 著者は「債権を負う当事者は未成年なので返済総額などについてよく知らされないまま利用し、卒業直前に知って愕然とする、 あまりにも問題がある制度」だと批判するが、わたしはそれほど制度に問題があるとは思わない。 親もいれば高校の先生もいるだろう。彼らが無知なのだ。ここで世間を知らさなければ、誰が教えるのだ。 ――とかいって、わたし自身はこのてのことにはとんと疎い。

 《中高年世代、そして後期高齢者たちは、学生たちが明るく青春していると思っている。このままでは、高齢者がお金だけでなく、 なにもかもを、孫世代の人生まで食いつぶしてしまう。》預金税を取ればいい。そのため国はマイナンバー(国民総背番号)を推進しているが、 国民は疑心を抱いて、簡単には乗らない。わたしもまだカードを作っていない。

 《AV女優になったから、その稼ぎで300万円は返せた。残り300万円。32歳で完済の予定。》そんなアラサーのAV女優に仕事があるだろうか。

 親が低所得なのにそこまでして大学をめざすのは、高卒では就職先がないからだ。 だが、1969年に1万2000円だった国立大学の学費は、現在は54万だ。わが子が大学に行っているとき、 「1学年100万かかる」といったら、東大卒の友人が「そんなにするかなあ」と不審がっていた。 頭脳明晰な役人ですら自分のこと以外は知らないのだ。

 AV女優をやめて医療法人の事務職に就いた彼女の手取りは17万円だった。もちろん非正規雇用。精神的におかしくなっていく。 いまは生活保護を受けている。《自分たちが大学時代に幸せな青春を送った親世代、祖父母世代は、その苦境にまったく無理解のまま、 自分たちの価値観だけで判断して若者たちをさらに追い込んでいるのが現状だ。》わたしも同罪。親が学費を払うのは当然だと思っていた。

 男子学生はなにをしているかといえば、《キャッチや、スカウト、ホスト、犯罪行為の手伝いなど、 現役男子学生が続々と単価の高いグレー産業に流れている。私も取材を通じてかかわりがあるが、反社会勢力とつながるグレー産業は、 とことん刹那的なので目先の利益だけにこだわる。これから長い人生を生きていかなければならない大学生が足を踏み入れる世界ではなく、 彼らにとってマイナスでしかない。/男子も女子も、学生たちは学園内での口コミがキッカケでアンダーグラウンドな世界に足を踏み入れる。》

●美人も醜女も差別される日本

 《高学歴の女性なら、シングルマザーになっても就業機会が与えられて、普通の暮らしができるのだろうか。 /日本には圧倒的な男女格差、男尊女卑はこれでもかというほど浸透している。答えは否となる。》 それにしても忘れられないのは電通に入ってすぐ自殺してしまった高橋まつりさんだ。東大卒の美人24歳。 月に100時間を超える残業時間、ということは1日5時間ほどか。それで裁判を起こしたら電通は50万円の罰金ですんだ。 わたしは事件の裏側にセクハラがあるのではないかと睨んでいる。「ア、ソ。飲む時間が空くだろうからこれ片付けておいてね」 どさっとA4の束を渡したにちがいない。(つづく)