●障害老人乱読日記 139(2020年12月掲載)

 『東京貧困女子。――彼女たちはなぜ躓いたのか――
 
(中村淳彦、東洋経済新報社、2019.4)

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(11月号のつづき)

V バブル時代のオヤジたち

●竹中平蔵という男

 小泉内閣は2001年から2005年までつづいた。小泉は経済政策を竹中平蔵に丸投げした。非正規雇用を推進した彼はいま何をやっているか。 アウトソーシングの大手「パソナ」の副会長をやって非正規雇用者を大量生産している。ホームページのなかでこんなことを書いている。 《アダム・スミスは「自由な競争が国全体を豊かにする。人間の労働が価値を生み出すのだ」と主張しました。 私たちパソナグループは、「誰もが自由に好きな仕事を選択することができ、それぞれのライフスタイルに合わせた働き方ができる社会」 を目指しています。》じつにウツクシイことば。

 また「東洋経済」のインタビューで、《「(若い人に1つだけ言いたいのは)みなさんには貧しくなる自由がある」 「何もしたくないなら、何もしなくて大いに結構。その代わりに貧しくなるので、貧しさをエンジョイしたらいい。 ただ1つだけ、そのときに頑張って成功した人の足を引っ張るな。」》とも述べている。
 日がな一日部屋にこもってゲームをしている若者にはわたしも苦々しさを感じる。だが、頭脳明晰で勤勉な者ばかりではない。 子ども、若者をそのような立派な大人にするのが大人の義務だ。「何もしたくないなら、何もしなくて大いに結構」などと、 まるで貧乏人の世話なんかしない、勝手に落ちぶれろなどと政府の高官、大企業の経営者が口にしていいものだろうか。

 竹中平蔵が言うようにFランク大学はともかく、国立大学生で給付型をもらったら遊び尽くしてしまうということはなかろう。 竹中は日本が幸せな昭和を送った世代だから、いまの日本がいかに貧困であるか分かってないのだ。 1800兆円の個人金融資産の6割は60歳以上の高齢者が所有している。そして彼らヒヒジジイが貧困に苦しむ学生たちを食い物にしている。

 正直いって昔はよかった。わたしがけがをしたのはバブル時代ではないが高度成長期だった。9時半出社、5時半帰宅。 残業する者はそこから30分休憩。丸ビル下の食堂銀星へいってテレビの相撲を見ながらビールを飲む。 そのままオフィスに戻るのは物足りなくて明治屋で1升瓶と乾き物を割り勘で買い、飲みながら仕事の続きをした。 「いやあ、飲みながらやると能率上がるなあ」などといいながら。あるときなどはそれを見た社長が寿司代を1万円差し入れてくれた。 少人数の会社だからそれほどの散財はしない。おつりはどうするのかとおもったら、翌日部長が社長に「ごちそうさまでした」と返していた。 それはそれで社会勉強になったのだが。わたしもバブル世代のオヤジのひとりといえるだろう。

 2000年代半ばから援助交際や売春の代金も本格的な下降の一途をたどった。カラダを売りたい女性が急増したために、価格が急降下したのである。 「売春はあとに残らないからいいけど、ヌード写真は残るからやめておけ」というのが貧困層のオババの昔からの知恵だ。 それなのに裸どころかセックス映像を世間に晒して売る、というリスクの高いAV女優に「出演料が安すぎて、 とても普通の生活ができない」という層が現れた。なぜ2000年代なのか。2000年代に何があったのか。そこを突き詰めたい。

●折口雅博・渡辺美樹という男のカオ

 わたしが介護タクシーを必要としだしたころ、もっとも有名な介護業者は「コムスン」だった。コムスンはもともと九州出身の小規模事業者で、 それが東京へ進出してきたのを折口雅博という妙な髪型をした男が買収してまたたくまに大会社にした。 忘れもしない、当時は介護タクシーといえば半ばボランティアの世界だった。なかなか利用できない。 日本最大の業者なら介護タクシーをたくさん持っているだろうと思い、電話した。希望日時をいっても「その日は予約で埋まっている」というので、 つぎの候補を挙げたのだがその日も埋まっているという。「じゃあいつごろなら予約できるんですか」と尋ねたら、 「半年先なら」という馬鹿げた返答があった。
 折口はその後介護報酬の過剰請求を理由に業界から追放された。小泉首相の子分時代、安倍晋三は折口と対談して褒めた。 朝日新聞(2007年)によれば「居酒屋チェーン大手、ワタミの渡辺美樹社長が11日、報道陣に『老人ホームなどの介護施設なら黒字にできる ノウハウがある』と語り、コムスンの老人ホームなど約80施設を引き受ける意向を示した。ワタミは04年に介護事業に参入し、 首都圏を中心に21カ所(07年3月末)の有料老人ホームを運営している。」大金持ちは大金持ち同士でかばい合い、 情報交換をしてさらに金儲けを企む。折口も渡辺も、あまりお付合いしたくない顔をしているのは不思議。品性は顔に表れる。

●誰が労働者派遣法を改正したのか

   《1999年、2004年に労働者派遣法が改正された。社会全体でどんどんと雇用が非正規化されていく中で、 もっとも非正規化を推進したのは地方自治体である。小泉純一郎政権時代の構造改革で、地方自治体への交付金が削減され、 役所は人件費を抑えることに舵を切った。いままで公務員が行っていた業務を非正規職員に切り替えて、そして、官製ワーキングプアが生まれた。 /ターゲットとなったのは女性だ。図書館司書や介護福祉士、保育士、窓口対応などの仕事が次々と非正規化された。 さらに現場職員の非正規化だけでなく、2000年代からは保育園や介護施設、最近は図書館などを丸ごと民間委託(アウトソーシング)するようになり、 自治体が支払う委託費は安く、深刻な低賃金の温床となっている。》誰がということになれば小泉純一郎だが、小泉は竹中平蔵に政策を丸投げしている。 《日本は労働者派遣法の改正によって階層、階級社会に入ってしまった。》

 本来は役所の職員がするべき仕事を外部委託すると何が起きるか。個人情報の漏洩だ。たとえば高齢者の健康アンケートを調べるには、 下請けに高齢者の名簿を渡さなければならない。これがオレオレ詐欺に使われないと誰がいえようか。 わたしのところにも2度オレオレ詐欺のカケコが電話してきた。ザンネンながらせがれの名前は読みにくい。モゴモゴいっている。 せがれの声を忘れるほどぼけてはいない。しばらくからかってガチャンと切ってやった。
 「こちらナンチャラブライダルともうしますが、失礼ですが、お嬢様ははまだ結婚して……」「間に合ってます、ガチャン」 なぜそんなことを知っているのだ。固定電話だから「ガチャン」なのだが、いったいそんな名簿をどうやって入手したか。 役所から流出した名簿が、つぎつぎと広がり、高齢者をカモにする材料になった。

●「地域包括ケアシステム」にだまされるな

 《問題を重視した安倍政権は2015年に新三本の矢の一つとして「介護離職ゼロ」を掲げた。 (中略)現在は要介護状態にある家族を介護する労働者が雇用主に対して申請を行えば、 家族ひとりにつき最大通算93日の介護休業が取得できる制度がある。》制度があるだけで実態があるわけではない。

   一方、医療、介護など社会保障費の削減が課題になっている。 《縮小の代替として各自治体は地域住民で支え合う地域包括ケアシステムの構築に動いている。 (中略)簡単にいえば、高齢者や障害者を病院や介護施設から自宅に戻し、地域と家族が面倒をみるという家族やボランティアなどに依存した施策だ。 公助から共助、自助という「介護離職ゼロ」とは正反対の、介護離職まみれになるだろう地域づくりが着々と振興している。》鋭い指摘だ。

 あいかわらずやっている。要介護者は施設に集めて面倒を見たほうが安上がりだということで日本の福祉制度は進んできた。 ところが老人が増えるにつれてそうもいかなくなった。やはり家庭で介護するべきだという意見が、まあ国会あたりが決めたのだろう、 「施設から地域へ」というスローガンが出てきた(この「地域」ということばがわたしは気に入らない。本来なら「地元」というべきところだ。 地域というのは、ここからここまでの土地という意味)。
 それはともかく、わが地元では「S公社」という第3セクターができた。「3セク」と略される。これは半官半民という意味。
 地元のおもに主婦を有償ボランティアにしようという試み。これは名案だとおもった。ボランティアとちがって、安くはあるが時間給が入ってくる。 自分はボランティアだという誇りも得られる。さらにすぐれた点は、時間給をもらうかわりに時間貯金ができるという制度。 自分が働いた時間を将来の自分もしくは両親の介護に使えるのだ。両親が地方に住んでいても可能だと聞いた。 ということは、わたしの住んでいる地域だけでなく日本全体でおこなわれた制度だということだろう。
 ところが、2000年にはじまる介護保険に備えて、有償ボランティアを介護ヘルパーにしようという動きが始まった。3セクは廃止。 それまで時間貯金をしていたひとには金に換算して支払う。「金なんか欲しくない、両親の介護のために働いていたのに。 それに単年度にどっさり思いがけない収入が入ってエライ税金を取られた」と怒っているひともいた。
 「8万円の講習料はこちらで持ちますし、ヘルパーになればいまよりずっと時間給が上がります」といって誘った。 いまでは講習料は12万円ぐらいかかるが、なにしろヘルパーのなり手が少ないので無料コースまでもうけているようだ。(了)