2020年7月号 《ずいひつ》
「断 腸」(その1)
2020年2月9日土曜日の朝、かかりつけ医のB先生から急に電話がかかってきた。電話というものはいつも急にかかかってくるのでドキッとする。
できれば「これから電話をかけるけどいいか」という連絡がほしい。 急なというのは、こういうことだ。先生には3週間に1回バルーン交換をしていただいている。ときどき採血する。 主に血糖値を調べるためだ。糖尿病だから。昔は、といってもいつのことだか分からないだろう、30年ぐらい前のことだ。 採血の結果は1週間後に問い合わせるようにしていた。その癖が付いているから余計ドキッとした。 おまけにその日は土曜日。採血の翌日に主治医から電話がかかってくるのは、不吉なことに決まっている。 採血は主に血糖値を調べるためだが、ときどき「久しぶりに全般的なことを調べましょう」といって、いつもより多くの血を採って何やかやと調べる。 いつも血糖値を除きすべて正常値だ。ところがその日は先生の声が緊迫していた。 「半年前の6月に14だったヘモグロビンがきのうの検査で8に下がっている。貧血をしめす数字が半減している。 月曜日にK病院に連絡するからすぐ救急車で救急外来にいってください」とのこと。 救急車で行けといわれても、救急車は病院まで運んでくれても帰宅まで面倒を見てくれない。 3.11の直後、蜂窩織炎になって、深夜B先生が往診ののち救急車を呼んでくれてO病院に運ばれたときも、 帰りはなじみの福祉タクシーに頼んで自宅に寄ってもらい、車椅子と靴などを積んでもらって病院まで来てもらい帰宅した (ほんとうはルール違反。税金が絡んでいるから)。 11日(火)はてんやわんや。救急外来の先生は女医だった。採血をしようとするから、「出ませんよ」と警告した。 女医、素人が何をいうかとばかりに仕事を続ける。いくら刺しても血は出てこない。わたしも悪かった。採血を予想して準備をしておくべきだった。 わたしは医療従事者泣かせで、血管が細く、よほど辣腕の看護師あるいは医師でなければ採血できない。 あるときベテランの訪問看護師にそう愚痴をこぼすと、そういうときは手を前もって温めておけばいいのだと教えてくれた。 自宅で採血するときはタオルを電子レンジでチンしておき手を包み、ビニール袋に入れ、先生を待つ。 いちばん手っ取り早いのは暖かい湯を入れた洗面器に手を浸けておくことだと女医に伝えると、なんたること洗面器がないという。 ではタオルをというと、タオルもないという。どうなっとるんじゃ最近の大病院は。最後に薄っぺらなガーゼのようなものを濡らしてきた。 「無理ですよ」というと、医者の最後の手段、鼠径部の動脈から採血した。(つづく)
十字架も見届けたらむ老い桜
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